2023年03月09日
(2023-03-09 12:15:17)人は慮なく言ふ交じきことを口疾く言ひ出だし、人の短を謗、したることを難じ、匿すことを顕はし、恥がましきことを正す、これらはすべてあるまじきわざなり、われは何となく言ひ散らして、思ひもいれぬほどに、言はるる人は思ひ詰めて、憤り深くなりぬれば、計らざるに辱をも与へられ、身の削るほどの大事に及ぶ、笑中の剣 [1] は、ちらでだにも恐るべきものぞかし、またよくも心得ぬことを、悪様に難じつれば、却りて身の不覚顕はるるなり、大かた口軽き者になりぬれば、某にその事な聞かせてそ、かの者にな見せそなど言ひて、人に心置れへだてらるる、口を然る可し、また人の慎む事の、己から顕はれぬるにも、彼話されしなど疑はるる、面目なかるべし、然れば、かたがた人の上を慎み、多言を止むべきなり。
一个人不经过认真思考,不该说的话滔滔不绝,讥谤他人的缺点,责其所为,发人隠私,在众人面前责难,令该当者窘迫的事,这一切都是不应该发生的。自己毫不顾忌地恣意说,如果你不去在意被说的人很生气,怀恨在心,轻言的人反而会受到意想不到的羞辱,甚至酿成丧失生命的大事。即使不是“隐藏在笑中的恶意”,也不可不畏惧,而且对自己并不是很清楚的事,苛刻地去责难对方的话,反而暴露了自己的无知。大体上被人认为是“这个家伙是口无遮拦的”,(在任何事发生时)“别把那件事去告诉他”,“别让那家伙看见”等等的被别人警戒着,得到差别待遇,那可以说是太不值得的事了。而且他人的隐私事,因为某种原因被泄露的时候,被怀疑“是那个人说出来的吗?”的话这不是也很没面子的事吗?因此遇到什么事,尤其是涉及别人的情形不得不谨慎地说话。
花園の大臣 [2] の御許に、初めて参りたる侍の、名簿 [3] に「能は歌よみ」と書きたりけり。殿 [4] 、秋の初めに南殿 [5] に出でて、機織 [6] の鳴くを愛して御座しましけるに、暮れければ、「下格子に人参れ」と仰せられけるに、「蔵人五位 [7] 互て人も候はぬ」と申して、この侍の参りたるを、「ただ、己 [8] おろせ」とありければ、参りたるに、「汝は歌よみとな」とありければ、畏りて格子おろしさして候ふに、「この機織をば聞くや、一首仕う奉れ」と仰せられければ、「青柳の」と五文字を出したるを、候ひける女房たち、際に合はずと思ひたりけるにや、笑ひ出だしたりけるを、「物を聞き果てで笑ふやうやはある」と仰せられて、「疾く仕う奉れ」と仰せられければ
青柳の緑の糸を繰り返へし夏へて秋は機織ぞ鳴く
と詠みたりければ、
萩 [9] 織りたる御直衣 [10] を押し出だして赐はせてけり。
刚到花园左大臣处工作的近侍好像曾在就职書类上写过“特长是作和歌”。花园左大臣在初秋时某天出了南向的建筑物,在赏玩蟋蟀时,因为天近黄昏了,便说了“谁来把格子给我放下来。”这位近侍就走过来回答说“蔵人五位走开了,其他的谁也不在。”左大臣说“没关系,你去把它放下。”在他放格子时左大臣就说“你好像会作和歌的吧?”那近侍很是羞愧的样子,左大臣在他放下格子后就说:“听到这蟋蟀的叫声了吗?就以它作题材作一首和歌吧。”近侍才说了五个字“青柳の”时,在边上的女官们大概都以为这也太有违时节了吧,噗嗤地都笑了起来。大臣就说了“等到听完了整首再笑”,又对近侍说“快点作(剩下的部分)”。近侍就作了
緑丝般青柳的枝条经过夏天不停地纺终于成织线在这个秋天的夜晚织机声响个不停
意思的和歌,(大臣很感动地赞誉道)
織出的漂亮的胡枝子的图案就呈现在直衣上。
[1] 笑中の剣:典出唐李义府的笑里藏刀。
[2] 花园の大臣:源有仁,后三条天皇的孙子,辅仁亲王的儿子。1136年任左大臣,故世称花園左大臣。法号成覚,十二世纪有名的文化人以及极有情趣之人,精通诗歌、管弦。著有《园记》《春玉秘抄》《秋玉秘抄》《春翫记》等。(1103~1147年)
[3] 名簿:为表达服从及师事之意而呈现给对方的文书。
[4] 殿:指尊贵的人,此处指花園左大臣。
[5] 南殿:大内的殿宇都是南向的。
[6] 機織:蟋蟀。
[7] 蔵人五位:蔵人即蔵人府官吏,定员三人,品轶是五位,但也有六位的蔵人的,六位蔵人做得好也能升五位。
[8] 己:きさま,你。
[9] 萩:胡枝子。
[10] 直衣:只是衣服、平常衣服的意思。平安时期以来天子、摄関家以下的公卿的平常衣服。