[小松拓也故事]与Jimmy和音乐的邂逅
(2012-04-30 09:11:31)
标签:
杂谈 |
分类: 小松拓也的故事 |
030【译文】http://komatsutakuya.com/277
与Jimmy和音乐的邂逅
自电视剧出道作《女医》拍摄完成以来迟迟接不到下一个工作,当时20岁出头的我切身体会到想要在演艺圈往上爬绝非轻而易举之事。
空有工作意欲却得不到实质工作的状态给我的精神状态带来不小压力。
重复参加甄选然后落选并且完全无法预计下一个工作机会何时到来的迷茫生活中,却又不得不坚持加油的重压让我变得越来越气馁。
就在这时,由于和某个人的相遇让我突然对音乐产生了莫大的兴趣。
和他的邂逅对我的人生来说可谓是一个巨大的契机。
他就是香港著名影星兼电影导演洪金宝的次子Jimmy。
Jimmy不仅是一名艺人同时也作为电影制作公司的社长活跃于以台湾为中心的世界舞台。
他在加拿大长大,精通英语和广东话两门语言,当时正在日本留学学习日语。(现在他已完全掌握了普通话和日语)
与他相识的契机是我们碰巧都属于同一家演艺事务所,因为有都去留过学这个共同点再加上性格相合,从一开始我们的关系就出奇的好。
年长我两岁的他不仅在语言上天赋异禀,作为一个人也是品格高尚,不论对谁都采取绅士的态度,性格开朗直率,很为他人着想。
得到所有人好感的Jimmy在我眼中显得异常耀眼,和他相处的时间对我形成了莫大的刺激。
爱好音乐、唱功优秀的他之后成为歌唱组合Tension的一员,以台湾为中心博得了巨大的人气。
几乎每天都和他共同度过的那段日子里,我逐渐被吸引到了音乐的世界中。
待续
030【原文】http://komatsutakuya.com/277
デビュー作となったドラマ女医の撮影を終えて以来次の仕事にも恵まれず芸能界が一筋縄で駆けあがれる場所ではないのだという事を肌で実感するようになっていった20代前半のオレ。
仕事が欲しくても手に入らない状態というのは精神的に楽な事ではなかった。
オーディションを受けては落ち続ける日々や次の仕事のチャンスが一体いつ訪れるのかさっぱり見当がつかない中で頑張り続けなければならないプレッシャーの日々は俺をどんどん弱らせるばかりとなっていく。
そんな中俺は一人の人物との出会いによって急激に音楽にハマっていく事になる。
彼との出会いは俺の人生にとって本当に大きな1つのきっかけとなった。
香港の大スターであり有名な映画監督でもあるサモハンキンポーの二男ジミーとの出会いだ。
現在タレントとしてだけでなく映画製作会社の社長としても台湾を中心に活躍しているジミー。
カナダ育ちで英語と広東語を自在にこなすバイリンガルだった彼はあの当時日本に語学留学をしていた。(現在は北京語、日本語も完璧に使いこなす)
彼と知り合ったのはたまたま彼が俺と同じ芸能事務所で預かりの身となった事がきっかけだったのだが彼とはお互い留学という接点があった事や性格的にウマが合った事もあり最初から妙に仲良くなる事が出来た。
俺の2つ年上の彼は語学だけでなく人間としても非常に素晴らしい人間で誰に対しても非常に紳士的な態度で明るく真っ直ぐで何より優しかった。
誰からも好かれるジミーの存在は俺から見ても本当に眩しかったし、そんな彼と一緒にいる時間は俺にとって大きな刺激となっていく。
後にコーラスグループのTensionとして台湾を中心に歌手として絶大な人気を博す事になる彼は音楽が大好きで歌が非常に上手かった。
そんな彼と毎日のように一緒にいるようになったあの日々は俺をどんどん音楽の世界へ引き込んでいく事になる。
つづく
Published on 2011年6月10日 12:17 PM.
Filed under:
小松拓也自伝「俺と中国」