关于天灾的天声人语(一)
(2011-03-25 17:24:32)
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地震海啸天灾天声人语 |
分类: 日本报刊杂志摘译 |
关于天灾的天声人语(一)
2011年3月12日(土)
. テレビ画面(がめん)を正視(せいし)することができなかった。がれきと海水(かいすい)の混(ま)じり合った津波(つなみ)が、濁流(だくりゅう)のように家を、畑を、道路を呑(の)みこんでいく。走っている車に波がのしかかる。ああ、だれが乗っているのだ。お父さん?お母さん?兄さん姉さん?――だれかにつながる、かけがえのない命(いのち)が呑まれていく。
▼简直不能正视电视机上的画面。瓦砾与海水混合在一起的海啸,如浊流般地吞没了房屋、田地、道路。行驶着的汽车被波涛压在上面,啊,谁乘在上面啊?是父亲,是母亲,还是兄弟姐妹?——不管牵涉到谁,它吞噬了无法替代的生命。
マグニチュード8.8の猛烈(もうれつ)な揺(ゆ)れ。被害(ひがい)はどれほど広がるのか。震源から遠い東京でも震度5強で揺れた。黒煙(くろけむ)を上げるビルが職場(しょくば)の窓から間近(まぢか)に見える。この一文を書いている間にも、大地(だいち)は不気味(ぶきみ)に揺れ続(つづ)けている。
▼8.8震级的猛烈摇晃,受灾地区达到了多大的面积呢?来自震源的威力,使远在东京的人也感到了震度为五强之列的摇晃。从办公室的窗户看见近处大楼黑烟正在升起。在写这篇文章期间,大地正持续地而人毛骨悚然地摇晃着。
三陸(さんりく)地方は津波の常襲地とされる。過去の幾多の犠牲と引き換えにつくられた様々な手だても、自然の猛威に破られた。天変地異の脅威をあらためて思う。各地の爪痕の少しでも小さいことを、ただただ祈る。
▼三陆地区是海啸经常袭击的地方。过去经过许多牺牲换来的各种各样的堤坝,在自然的威力下不堪一击。我想这是又一次天崩地裂的威胁。(与此相比)各地的伤痕很少,仅是小事一桩,只有为此祈祷。
(注:三陆,指从日本青森县八户市的鲛崎到宫城县牡鹿半岛南端的海岸。宫古市以北多断层海岸,以南为发达的沉降式海岸。中部包括陆中海岸国立公园。多良港,经常遭受海啸灾害。)
日本列島はプレートのぶつかり合う上に乗る。その危うさを物理学者の寺田寅彦は「国土全体が一つのつり橋の上にかかっているようなもの」とたとえた。「つり橋の鋼索が、あすにも断たれるかもしれない」と警鐘を鳴らした。その鋼索が、切れた。
▼日本列岛由于板块撞击而上升。寺田寅彦曾将此比喻为“(我们的)国土就像全都悬在一架吊桥上”。他为此鸣响了警钟,说“吊桥的钢索也许会在明天断裂。”
気象庁によれば、東北沖から関東沖まで、数百キロにわたって断層が動いたようだ。点ではなく線である。予想される東海地震や東南海地震に匹敵する巨大地震が起きた。明治以来の観測史上国内最大という。
▼根据气象厅的报告,从东北洋面到关东洋面,数百公里的断层发生了移动,不是点状而是线状移动。发生了预想中的堪比东海地震和东南海地震的巨大地震。这也是明治以来观察史上国内最大的地震。
夜が明(あ)ければさらなる被害が確(たし)かめられよう。生命(せいめい)、財産(ざいさん)、故郷(こきょう)の町並(まちな)み。失(うしな)われたものの大きさに打(う)ちのめされる人たちとの絆(きずな)を失うまい。こんなときにつなぐための手が、私たちの心にはある。
▼天一亮,受灾的情况就会被确认,包括了生命、财产、以及故乡的街道。失去一切、被巨大打击击垮的人们并未失去羁绊。在这样的时候,为了活命而维系的办法还在我们的心中。
2011年3月13日(日)
一時(いっとき)まどろんで、夢であってくれと思った。でも心身(しんしん)は正直(しょうじき)だ。余震(よしん)とも身震い(みぶるい)ともつかぬ揺れが抜けない。東北の被災地(ひさいち)まで及(およ)ばない想像力(そうぞうりき)に代わり、CMの消えたテレビが翌朝(よくあさ)の現実を伝(つた)えた。
▼打了一会儿瞌睡,就像做了个梦,可是心身恢复了正常。不管是余震也好,身体发抖也好,却摆脱不了突如其来的摇晃。东北部受灾地区的灾难是出乎想象力的,失去图像的电视第二天传来了现实情况。
岩手県(いわてけん)から福島県(ふくしまけん)にかけての太平洋岸(たいへいようきし)は、水火(すいか)に攻(せ)められ、ほぼ壊滅状態(かいめつじょうたい)という。凍(こお)る街に船が転(ころ)がり、畑に車が散乱(さんらん)する。潮(しお)は引かず、逃(のが)れ来た屋上は孤島(ことう)と化(ばか)した。避難所(ひなんしょ)にたどり着いても家族はちりぢり、食料や日用品(にちようひん)が足りない。死者?不明者は1500人を超(こ)えて増(ふ)え続(つづ)けている。
▼从岩手县一直到福岛县的太平洋沿岸在水火的攻击下,据说大体陷入了毁灭状态。结冰的街道上船只在翻滚,田地里车辆散乱。潮水不退,逃避到屋顶上瞬时变成了孤岛。家人四处逃散,好不容易逃到避难所,食物和日用品不足。死亡和失踪者继续增加,超过了1,500人。
福島県下の原発(げんはつ)では、急場(きゅうば)に炉心(ろしん)を冷(ひ)やす装置(そうち)が使えなくなった。住民(じゅうみん)が避難する中、放射能(ほうしゃのう)が漏(も)れ、建屋が爆発(ばくはつ)する不穏(ふおん)な事態(じたい)に。非常時(ひじょうとき)ほどありがたい電気だが、危(あぶ)うい綱(つな)渡りの産物(さんぶつ)と思(おも)い知(し)る。
▼福岛县下面的核发电厂在紧急情况下无法使用冷却装置。居民在避难中,放射核能泄漏,建筑物处于爆炸的不稳定状态中。几乎到了非常时期,虽然处于难得的电气时代,可是我却感觉到它是冒险的产物。
東京では数万の帰宅難民(きたくなんみん)が出た。夜の甲州街道を、新宿(しんじゅく)方面から郊外へと、早足(はやあし)の人波(ひとなみ)が車道(しゃどう)にはみ出(だ)して動いていた。ベビーカーを押(お)す男女(だんじょ)がいる、黄色帽(きいろぼうし)にランドセルの少女(しょうじょ)がいる。都心(としん)の公共施設(こうきょうしせつ)で夜を明(あきら)かした人も多い。
▼在东京,出现了数万回家的难民。夜晚的甲州街道上,从新宿方面一直延伸到郊外,走得快的人群越出快车道在走着。有推着婴儿车的男女、有戴着黄色帽子背着双肩包的少女。在市中心的公共设施,天一亮就人满为患。
自民党幹部(じみんとうかんぶ)は「全面協力(ぜんめんきょうりょく)する。与党(よとう)のやりたいようにやって」と、民主党(みんしゅとう)に政治休戦(せいじきゅうせん)を伝えた。卒業式(そつぎょうしき)や入試(にゅうし)、各種の催(もよお)しも延期(えんき)や中止(ちゅうし)となった。あまたの教訓(きょうくん)は後回(あとまわ)しでいい。日常(にちじょう)をいったん断(た)ち切(き)り、まずは国を挙げての救援活動(きゅうえん)かつどう)だ。
▼自民党的干部提出了“全面协作,打算与执政党合作”口号,向民主党传达了政治休战的意向。毕业典礼、入学考试、各种活动都被延期或中止。根据很大的教训还是向后推为好。日常活动暂且中断,首要的是举国的救援活动。
政治(せいじ)が迷(まよ)い、経済(けいざい)はまだもろい。そこに「観測史上最大(かんさつしうえさいだい)」である。テレビを抱(かか)えて揺(ゆ)れながら、揺られるしかない無力(むりょく)が悔(くや)しかった。人は弱(よわ)い、弱いから支(つか)え合(あ)うほかない。長い災害(さいがい)の歴史(れきし)が、日本という国の地力(ちりょく)を試(ため)している。
▼政治上举棋不定,经济上又不堪一击。这里有“观测史上的最大(天灾)”。抱着电视机一边摇晃,一边又为自己只除了摇晃什么也干不了的软弱无力而感到遗憾。人虽软弱,但在软弱中除了互相支撑别无其他办法。漫长的灾害的历史,在考验日本这个国家的土地生产力。
2011年3月14日(月)
. 坂上二郎さんの逝去(せいきょ)も石原都知事の出馬宣言(しゅつばせんげん)も、えらく前の出来事(できこと)に思える。わが防災意識(ぼうさいいしき)や人生観じんせいかん)は、「3?11」の前後で一変(いっぺん)した。日本に住む限り、誰もが被災者になり得る、「千年に一度」は明日かもしれないと。
▼无论是坂上二郎的逝去还是石原都知事的竞选宣言,我觉得都是很久以前的事了。我们的防灾意识和人生观,在“3.11”的前后突然改变。只要是住在日本的人,都只好成为受灾者,“千年一遇”的事也许明天就会发生。
もう一つ、震災で変わりそうなのは原子力発電へのまなざしだ。福島第一原発では、建屋が吹っ飛んだ1号機に続き、3号機の異変が伝えられた。関係者の禁句、炉心溶融の字が見出しになり、安全神話は崩れた。「想定外」は言い訳になるまい。
▼另外一方面,似乎受地震改变的是对原子能发电的注目。福岛第一原子发电厂继一号机的建筑物被炸飞,3号机又传来发生异变的消息。作为与之有关者忌讳的言词,发现了“炉心溶化”的字样,安全神话崩溃了。“超出想象之外”也许不能作为理由吧。
日本の電力は3割近くを原発に頼る。福島を欠く東京電力は、きょうから地域ごとの「輪番停電」を始めるという。悲しみの中で避難生活を強いられる数十万の方々を思い、回り持ちの不便ぐらい喜んで引き受けたい
▼日本的电力将近三成依赖原子能发电。缺少福岛原子能发电厂的东京电力,从今天起开始了地狱性的“轮番停电”。想到处于悲哀之中的避难生活被加剧的数十万诸位难民,轮流停电似乎带来不便,也只好欣然接受。
あの金曜日の前後には、まさに断層のごとく、異なる日常が横たわる。震災が分かつのは、吉凶、安否、そして生と死。所在不明者の数は千の単位で増え、この地異がいかなる数字で歴史に刻まれるのか、見当もつかない。
▼那个星期日前后,恰如断层一样,异常的生活迫在眼前。分辨灾害、凶吉、平安与否,然后决定生死。所在地失踪者增加到数千人,这个自然灾害将在历史上铭刻下怎样的数字,尚无法推断。
いまだ事後ではなく、最中(さいちゅう)である。役場(やくば)や警察(けいさつ)、消防(しょうぼう)などの行政(ぎょうせい)が丸ごと津波(つなみ)にのまれ、不気味(ぶきみ)に沈黙(ちんもく)する町が残る。自衛隊や外国の救難チームが続々と現地入りしている。連帯に頼り、善意と使命感にすがる日々がしばらく続く。
▼尚未到事后统计受灾者数字,还正在调查中。区乡公所和警察、消防人员等整个地被海啸吞没,残留下来的是令人毛骨悚然的沉默的小镇。自卫队和外国的救援队伍陆续进入了现场。依靠合作、善意和使命感,他们每天连续工作在抢救现场。
地震の規模はマグニチュード9?0に上方修正(しゅうせい)された。現代文明が経験した地殻変動(ちかくへんどう)では、五指(ごし)に入る破壊力(はかいりょく)である。来るべき東海や首都直下(しゅとちょくした)の大地震では、あえて想定(そうてい)外を想定したい。眼前の現実に学ばねば、平穏を断たれた人が浮かばれない。
▼地震的规模被修正为9.0震级以上。根据现代文明的经验,地壳变动已进入了前五名的破坏力。理应发生的东海和首都下面的大地震,估计并不出乎想象之外。可是如果体会一下眼前的现实,将平安断绝的人就无法摆脱困境。
2011年3月15日(火)
. 国文学者の歌人、窪田空穂(うつぼ)は関東大震災の直後、甥(おい)の安否を尋ねて東京市中を歩いた。目にした惨状を克明に、一連の歌に残している。〈妻も子も死ねり死ねりとひとりごち火を吐く橋板踏みて男ゆく〉。あるいは〈梁(はり)の下になれる娘の火中(ほなか)より助け呼ぶこゑを後も聞く親〉。
▼作为国文学者的歌人窪田空穂在关东大地震之后,曾在东京市内奔走寻找侄儿是否平安。他细致地目睹了地震的惨状,留下来一系列和歌。如“妻子也好,儿子也好,都死了死了,一个人在吐着火焰的板桥上踏过,男子走过。”或者“习惯在房梁下的女儿从火中呼喊救命,后来才听到警笛的父母。”
88年前に被害を甚大にしたのは燃えさかる「火」だった。今回は津波による「水」である。時は流れて科学も技術も進歩した。だが、自然の猛威を前にした人間の小ささは変わらない。愛(いと)しい人を亡くした人の悲しみにも、変わりのあろうはずがない
▼1988年之前,对受害人危害甚大的是燃烧着的火。这次是由“水”而来的海啸。时间流逝,科学技术有了进步。可是,在自然的威力面前,人类的渺小却毫无改变。失去所爱的人的悲伤,应该也没有改变吧?
亡くなった人は宮城県だけで「万」にのぼる見通(みとお)しだという。市街地ばかりでなく、各所で小集落が根こそぎ消えた。「全滅(ぜんめつ)」という言葉を今回の取材で何回聞いたことか、と被災地に入った記者が書いている。
▼估计死亡者仅在宫城县就上升到以万计。不仅在市区,而且在各处小村落被一扫而光了。“全部死亡”这样的话在这次采访中听到了几次,进入受灾地区,记者一直在写。
おののくような数字の一つ一つに、空穂の歌の悲嘆があろう。記事は伝える。病気の息子を連れ出せなかった老親。仕事から戻る夫のために、むいたリンゴを残して濁流に消えた妻――。数字は、ただの数字ではない
▼像是在打哆嗦的这一个个的数字,该不是空穗和歌中的哀叹吧?消息在传播:无法将有病的儿子带出来的年老父母。为了等待下班回家的丈夫,削好的苹果尚在,妻子却被吞噬在浊流中。数字,这不仅仅是数字啊。
気象予報によれば、被災地は今日からいっそうの寒さに見舞われるという。三寒四温の「三寒」がこれほど恨めしい春はない。日本全体の試練である。物心の苦難を分かち持つ決意が私たちに要る。
▼根据气象预报,受灾地区从今天起将遭受更大的寒流。三寒三温的“三寒”是如此可恨,还不到春天。这是对全体日本人的考验,我们要一定抱有分担苦难的决心。
紙の墓碑を思わせる東京の紙面にきのう、被災地で生まれた赤ちゃんの記事があった。〈子どもはなおもひとつの喜び/あらゆる恐怖のただなかにさえ〉。谷川俊太郎さんの詩の一節を思い浮かべた。命の微笑を、力に変えたい。
▼今天东京的版面使人感到像是纸做的墓碑,有关于在受灾地区出生的婴儿的报道。“孩子尚带来一点喜悦,所有的人都处于恐怖中。”我的脑海浮现出谷川俊太郎的诗的一节。命运的微笑,想要改变力量的对比。