中島敦:夾竹桃の家の女

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分类: 日本随笔 |
夾竹桃の家の女
——中島敦
翻译:王志镐
午後。風がすっかり呼吸を停めた。
薄く空一面を蔽うた雲の下で、空気は水分に飽和して重く淀んでゐる。暑い。全く、どう逃れようもなく暑い。
蒸風呂にはひり過ぎた様なけだるさに、一歩一歩重い足を引摺るやうにして、私は歩いて行く。足が重いのは、一週間ばかり寝付いたデング熱がまだ治り切らないせゐでもある。疲れる。呼吸が詰まるやうだ。
夹竹桃家的女人
午后,风完全停止了呼吸。
笼罩一片天空的薄薄云层下,空气中的水分因饱和而缜密地沉淀下来。酷热。到处是无处逃匿的酷热。
就像洗过蒸气浴,过于干渴的样子,身上懒洋洋的,我拖着沉重的脚步一步一步地走着。步伐蹒跚,还因为我一周之前染上的登革热尚未治愈。因而疲劳不堪。呼吸急促。
眩暈を感じて足をとめる。道傍のウカル樹の幹に手を突いて身体を支へ、目を閉ぢた。デングの四十度の熱に浮かされた時の?数日前の幻覚が、再び瞼の裏に現れさうな気がする。其の時と同じ様に、目を閉ぢた闇の中を眩い(まぶしい)光を放つ灼熱の白金の渦巻がぐるぐると廻り出す。いけない! と思つて直ぐに目を開く。
由于头昏目眩,我停住了脚步。用手撑在路边的羽化缕树干上,支持着身体,闭上了眼睛。飘浮在天狗四十度的高温中,我似乎觉得几天前的幻觉,似乎再次浮现在眼帘。与那时一样,闭上眼睛,黑暗中放出耀眼的光,炙热的白金的漩涡一圈圈地转了出来。不行!想到这里,马上把眼睛睁开。
ウカル樹の細かい葉一つそよがない。肩甲骨(けんこうこつ)の下の所に汗が湧き、それが一つの玉となつて背中をツーツと伝はつて行くのがはつきり判る。何といふ静けさだらう! 村中眠つてゐるのだらうか。人も豚も鶏も蜥蜴も、海も樹々も、咳一つしない。
羽化缕树细小的叶子一动也不动,肩胛骨下面汗水直淌......多么静啊!村里的人大概还在睡觉吧。人呀,猪呀,鸡呀,蜥蜴呀,海呀,树林呀,甚至连咳嗽声也没有。
少し疲れが休まると、又歩き出す。パラオ特有の滑らかな敷石路である。今日のやうな日では、島民達のやうに裸足で此の石の上を歩いて見ても、大して冷たくはなささうだ。五六十歩下りて、巨人の頬髯のやうに攀援類の纏ひついた鬱蒼たる大榕樹の下迄来た時、始めて私は物音を聞いた。ピチヤ/\と水を撥ね返す音である。洗身場だなと思つて傍を見ると、敷石路から少し下へ外れる小道がついてゐる。巨大な芋葉と羊歯とを透かしてチラと裸体の影を見たやうに思つた時、鋭い嬌声が響いた。つづいて、水を撥ね返して逃出す音が、忍び笑ひの声と交つて聞え、それが静まると、又元の静寂に返つた。疲れてゐるので、午後の水浴をしてゐる娘共にからかふ気も起らない。又、緩やかな石の坂道を下り続ける。
我感到有点累,休息了一会儿,又迈出了脚步。巴拉乌人特有的滑溜溜的石板道,今天那么热的天,岛民赤脚在那么热的石板上走,使我倒抽一口凉气,目不忍睹。往下走了五六十步,来到被巨人胡须般的攀援类植物缠绕着的郁郁葱葱的大榕树底下,我开始听到有响声,是啪嗒啪嗒的拨水声。我想这是洗澡的地方吧,往旁边一看,从石板路稍稍向下走,有一条小径朝外延伸过去。透过巨大的芋艿叶和羊齿草,一个赤裸的身影从眼前一晃而过,传来了娇艳的尖叫声。接着,又听见泼水后转身逃走的声音,与忍俊不禁的笑声交叉在一起。当这一切平息下来后,又回到了原来的寂静之中。因为实在疲劳得很,我没有心思与午后洗澡的少女一起嬉闹。于是又继续沿着缓缓的石板道往下走。
夾竹桃が紅い花を群がらせてゐる家の前まで来た時、私の疲れ(といふか、だるさといふか)は堪へ難いものになつて来た。私は其の島民の家に休ませて貰はうと思つた。家の前に一尺余りの高さに築いた六畳敷ほどの大石畳がある。それが此の家の先祖代々の墓なのだが、其の横を通つて、薄暗い家の中を覗き込むと、誰もゐない。太い丸竹を並べた床の上に、白い猫が一匹ねそべつてゐるだけである。猫は眼をさまして此方を見たが、一寸咎めるやうに鼻の上を顰めたきりで、又目を細くして寝て了つた。島民の家故、別に遠慮することもないので、勝手に上り端に腰掛けて休むことにした。
当我来到被红红的夹竹桃簇拥着的人家屋前时,我的疲劳变得更加难忍,想在岛民家休息一下。屋前垒着一尺多高的大约六块大石板,也许是这家人先祖世世代代的墓地吧。从其旁边通过,往昏暗的家中窥视,却一个人也没有。粗圆竹并排铺成的地板上,只有一只白猫在躺着。它睁开眼睛朝这边瞅了瞅,盘问似的将鼻子朝上皱了皱,又眯起眼睛睡觉了。按岛民的习俗,不用特别讲客气,我随便在房屋的边门坐了下来,休息一下。
煙草に火をつけながら、家の前の大きな平たい墓と、その周囲に立つ六七本の檳榔の細い高い幹を眺める。パラオ人は――パラオ人ばかりではない。ポナペ人を除いた凡てのカロリン群島人は――檳榔の実を石灰に和して常に噛み嗜むので、家の前には必ず数本直立として此の樹を植ゑることにしてゐる。椰子よりも遥かに細くすらりとした檳榔の木立が直立として立つてゐる姿は仲々に風情がある。檳榔と並んで、ずつと丈の低い夾竹桃が三四本、一杯に花をつけてゐる。墓の石畳の上にも点々と桃色の花が落ちてゐた。何処からか強い甘い匂の漂つて来るのは、多分この裏にでも印度ジャスミンが植わつてゐるのだらう。其の匂は今日のやうな日には却つて頭を痛くさせる位に強烈である。
我一边将烟点上火,一边眺望着屋前大而平坦的墓石,以及周围立着的六七棵又细又高的槟榔树。巴拉乌人村中并不都是巴拉乌人。除了波那比人,所有卡罗林群岛的人,有将槟榔的果实和石灰混合在一起,经常放在嘴里咀嚼的嗜好,所以他们屋前必定种有几棵这样的树。比起椰子树,槟榔树更为纤细苗条,亭亭玉立的样子,钟情万分。与槟榔树并列在一起的,是三四棵低矮的一丈余高的夹竹桃,全都开了花。墓的石板上散落着点点桃色的花,不知从哪里飘来强烈的甜甜的香味,大概屋后还种着印度白茉莉花吧。它的香味在今天这样的日子,却使我的头疼得格外强烈起来。
風は依然として無い。空気が濃く重くドロリと液体化して、生温い糊のやうにねば/\と皮膚にまとひつく。生温い糊のやうなものは頭にも浸透して来て、そこに灰色の靄をかける。関節の一つ一つがほごれた様にだるい。
依然无风。空气稠密,化成黏糊糊的液体,像温乎的浆糊似的裹在皮肤上。温乎的浆糊还浸透了我的脑袋,这时灰色的雾霁降了下来,关节的一处处要散了似的,酸软无力。
煙草を一本吸ひ終つて殻を捨てた拍子に、一寸後を向いて家の中を見ると、驚いた。人がゐる。一人の女が。何処から何時の間に、はひつて来たのだらう? 先刻迄は誰もゐなかつたのに。白い猫しかゐなかつたのに。さういへば今は白猫がゐなくなつてゐる。ひよつとすると、先刻の猫が此の女に化けたんぢやないかと(確かに頭がどうかしてゐた)本当に、極く一瞬間だが、そんな気がした。
吸完了一支烟,扔掉烟屁股的一瞬间,恰好瞅了瞅后面的屋里,不觉吃了一惊。有人来了,是个女人。她是在什么时候,从什么地方钻出来的?刚才还是一个人也没有呀,除了那只白猫。奇怪的是现在白猫不见了,或许先前的白猫变成了这个女人吧?(我的脑袋确实有点不正常了)真的,我觉得这发生在短短一瞬间。
驚いた私の顔を、女はまじろぎもせずに見てゐる。それは驚いた目ではない。先刻から私が外を眺めてゐた間中ずつと此方を見てゐたといふ様な感じがした。
那女人的眼睛一眨也不眨,看着我惊恐的脸。那不是一双受惊吓的眼睛,我觉得她从先前开始就在向外眺望,每一分钟都在观察我的样子。
女は上半身すつかり裸体で、鳶足に坐つた膝の上に赤ん坊を抱いてゐる。赤ん坊はひどく小さい。生れて二月にもなるまい。睡りながら乳首をくはへてゐる。吸つてゐる様子は無い。びつくりしたのと、言葉が不自由なのとで、私は、勝手に留守宅に休ませて貰つた断りを言ひそびれ、黙つて女の顔を見てゐた。こんなに眼を外らさない女は無い。殆ど目を据ゑてゐると言つても宜い。熱病めいた異常なもの迄が、其の眼の光の中に漂つてゐるやうである。少々気味が悪くなつて来た。
女人上半身赤裸,盘腿坐着的膝盖上抱着一个婴儿。婴儿极小,生下来还不足两个月。一边睡着,一边含着乳头,却不在吮吸的样子。由于吃惊,我无法自在地说话,我隐藏了请求允许在无人的房间里休息的话,默默地看着那女人的脸。像这种眼里什么也不放过的女人还真没见过,她几乎是在凝视着我,这样说更为恰当。也许是发热病而异常吧,她的目光中好像隐隐看出了这一点。我变得有点不自在起来。
私が逃出さなかつたのは、女の目付の中に異常なものはあつても兇暴なものが見えなかつたからである。いや、まだもう一つ、さうやつて無言で向ひ合つてゐる中に次第に微かながらエロティッシュな興味が生じて来たからでもあつた。実際、その若い細君は美人といつて良かつた。パラオ女には珍しく緊つた顔立で、恐らく内地人との混血なのではなからうか。顔の色も、例の黒光りするやつではなくて、艶を消したやうな浅黒さである。何処にも刺青の見えないのは、其の女がまだ若くて、日本の公学校教育を受けて来たためであらう。右の手で膝の児を抑へ、左の手は斜め後ろに竹の床に突いてゐるが、其の左手の肱と腕とが(普通の関節の曲り方とは反対に)外側に向つてくの字に折れてゐる。斯ういふ関節の曲り方は此の地方の女にしか見られないものだ。やや反り気味な其の姿勢で、受け口の唇を半ば開いた儘、睫の長い大きな目で、放心したやうに此方を見詰めてゐる。私は其の目を外らすことをしなかつた。
我之所以没有撒腿逃跑,是因为那女人眼中虽然有某种异常东西,却看不出有凶暴的眼神。啊,还有一点,这样无言相对期间,似乎渐渐生出一种色情的意味。实际上,这位年轻苗条的女人应该称作美人为好。巴拉乌人所珍惜的紧凑的面孔,恐怕是内地人与他们的混血儿吧。面孔的颜色,没有平常的黑光,而是妖艳褪去的浅黑色。她的身上到处不见纹身,也许这个女人年轻时,曾到日本的公共学校受过教育吧。她右手将膝盖上的婴儿仰起,左手向斜后方的竹地板伸过去,她左手的胳膊肘和手腕(与普通人的关节弯曲处相反)向外侧之字形弯过去,这样关节弯曲的样子,除了这个地方的女人以外,还没见过。她稍稍挺起胸的姿势,下颚突出的嘴,嘴唇半开着,长长的眉毛,大大的眼睛,放下心来似的朝这边注视着。我在她的眼里一刻也没有放过。
弁解じみるやうだが、一つには確かに其の午後の温度と、湿気と、それから、其の中に漂ふ強い印度素馨の匂とが、良くなかつたのである。
然而,仿佛辩解似的,一方面,确实是因为午后的温度,湿度,还有那其中飘浮着的强烈的印度白茉莉花的香味儿,我感觉不好。
私には先程からの、女の凝視の意味が漸く判つて来た。何故若い島民の女が(それも産後間もないらしい女が)そんな気持になつたか、病み上りの私の身体が女のさういふ視線に値するかどうか、又、熱帯ではこんな事が普通なのかどうか、そんな事は一切判らないながら、とにかく現在のこの女の凝視の意味だけは此の上なくハツキリ判つた。女の浅黒い顔に、ほのかに血の色が上つて来たのを私は見た。かなり朦朧とした頭の何処かで、次第に増して来る危険感を意識してはゐたのだが、勿論それを笑ふ気持の方に自信をもつてゐたのである。その中に、しかし、私は妙に縛られて行くやうな自分を感じ始めた。
从先前开始,我渐渐判断出那女人对我凝视的意思。不知为什么,该岛上的女人(还在产后就似乎一刻不间断的女人)都有这样的心情,病刚好的我的身体在女人纤细的眼光中是值得称赞的,还是在热带这种事情很普通或怎么样,对其无从判断,特别是从现在这个女人的凝视的意思来看,我对这件事情判断得一清二楚。我看见这女人浅黑色的脸上,隐隐约约浮现出绯红。虽然脑袋相当迷糊,但对身处何地,渐渐增长的危险却意识到了,不用说,我有信心持嘲笑的心情对待此事。但是,我开始感觉到,自己被不可思议地束缚在里面,无法脱身.
全くばかばかしい話だが、其の時の泥酔したやうな変な気持を後で考へて見ると、どうやら私は一寸熱帯の魔術にかかつてゐたやうである。其の危険から救つて呉れたものは、病後の身体の衰弱であつた。私は縁に足を垂れて腰掛けてゐたので、女の方を見るためには、身体を捩つて斜め後を向かねばならない。此の姿勢がひどく私を疲れさせた。暫くする中に、横腹と頸の筋がひどく痛くなつて来て、思はず、姿勢を元に戻すと、視線を表の景色に向けた。何故か、深い溜息がホーツと腹の底から出た。途端に呪縛が解けたのである。
虽然都是无聊的话,但是那时如醉如痴的奇怪心情,后来细细想来,不管怎么说是我从热带魔术中解脱出来经历。耽误我从危险中解救出来的原因,是我病后虚弱的身体。我在檐廊下拖着脚坐了下来,为了看那女人,必须斜着身子向后扭转过去。这个姿势使我感到十分疲劳,片刻之中,我的腹部和头颈变得非常疼,便不加思考地恢复到原来的姿势,视线向户外的景色看去。不知什么缘故,正要从肚子里噗哧长叹一口气的时候,咒语就解除了。
一瞬前の己の状態を考へて、私は覚えず苦笑した。縁から腰を上げて立上ると、其の苦笑を浮かべた顔で、家の中の女にサヨナラと日本語で言つた。女は何も答へない。酷い侮辱を受けでもしたやうに、明らかに怒つた顔付をして、先刻と同じ姿勢のまま私を見据ゑた。私はそれに背中を向けて、入口の夾竹桃の方へ歩き出した。
想想自己一瞬间之前的状态,我不假思索地苦笑起来。我在檐廊下直起腰站了起来,满脸的苦笑,用日本语对屋里的女人说了声再见。那女人什么也没回答,就像受到了极大的侮辱似的,脸上明显一副怒气冲冲的表情,用与先前同样的姿势死盯着我。我背朝着她,向入口处的夹竹桃方向走了出去。
アミアカとマンゴーの巨樹の下を敷石伝ひに私は漸く宿に帰つて来た。身体も神経もすつかり疲れ果てて。私の宿といふのは、此の村の村長たる島民の家だ。
沿着巨大的网亚科树和芒果树下的石板道,我慢慢回到了住宿处,我的神经变得疲劳不堪。我住宿的那家人,就是作为本村村长的岛民家。
私の食事の世話をして呉れる日本語の巧い島民女マダレイに、先刻の家の女のことを聞いて見た。(勿論、私の経験をみんな話した訳ではない。)マダレイは、黒い顔に真白な歯を見せて笑ひながら、「ああ、あのベツピンサン」と言つた。そして、付加へて言ふことに、「あの人、男の人、好き。内地の男の人なら誰でも好き。」
先刻の自分の醜態を思出して、私は又苦笑した。
我向照料我用餐的,日本话说得很好的岛民玛达莱依打听了先前那家女人的事情。(不用说,对我的经历,大家不会说三道四的。)玛达莱依黑黑的脸,笑得将白牙都露了出来。她说:“啊,是那位美女呀”。然后,加油添醋地说:“那女人,喜欢男人,内地来的男人,不管是谁都喜欢。”
想起先前自己的丑态,我又苦笑不已。
湿つた空気のそよとも動かぬ部屋の中で、板の間の呉蓙の上に疲れた身体をぐつたりと横たへ、私は昼寝の眠りに入つた。
在潮湿的空气中,连一丝风也没有的房间里,在铺地板的房间的草席上,我筋疲力尽地躺着,做起了白日梦。
三十分程も経つたらうか。突然、冷たい感触が私を目醒めさせる。風が出たのか? 起上つて窓から外を見ると、近くのパンの木の葉といふ葉が残らず白い裏を見せて翻つてゐる。有難いなと思つて、急に真黒になつた空を見上げてゐる中に、猛烈なスコールがやつて来た。屋根を叩き、敷石を叩き、椰子の葉を叩き、夾竹桃の花を叩き落して、すさまじい音を立てながら、雨は大地を洗ふ。人も獣も草木もやつと蘇つた。遠くから新しい土の香が匂つて来る。太い白い雨脚を見ながら、私は、昔の支那人の使つた銀竹といふ言葉を爽かに思ひ浮かべてゐた。
过了大约三十分钟,突然,我感到一阵凉意,便张开了眼睛。是起风了吗?起身向窗外望去,只见天空一下子变得漆黑,猛烈的暴风雨来了。它拍打着屋顶,拍打着石板道,拍打着椰子树叶,拍落下夹竹桃花,它一边发出吓人的声音,一边用雨水刷洗着大地。人也好,兽也好,草木也好,突然都醒了。从远处飘来新土的香味。一边望着缜密细白的雨丝,我的脑海里一边清楚地浮现起从前支那人使用过的银竹的说法。
雨が上がってから暫くして表へ出て見たら、まだ濡れてゐる敷石路を、向ふから先刻の夾竹桃の家の女が歩いて来た。家に寝かし付けて来たのか、赤ん坊は抱いてゐない。私と擦れ違つたが、視線を向けもしなかつた。怒つてゐる顔付ではなく、全然私を認めないやうな、澄ました無表情な顔であつた。
雨过天晴,暂且出门去观景色,仍然潮湿的石板道上,从对面走来了先前那位夹竹桃家的女人。她没有抱小孩,是在家哄小孩睡着后来的。她与我擦肩而过,视线却没有对着我。已经没有了愤愤的表情,好像全然不认识我似的,一脸故做正经,毫无表情的样子。
(译自:《中岛敦全集》第一卷,筑摩书房1999年7月10日第一版发行)