[小松拓也故事]到达上海第一天
(2012-06-28 23:45:12)
标签:
上海特技小松拓也杂谈 |
分类: 小松拓也的故事 |
089【译文】
到达上海第一天
07年4月上旬,为了参加电视选秀大赛“加油!好男儿”,我再次来到上海。
一到上海就直接从机场前往电视台。
讨论从下周开始节目录制的相关事宜。
我和经纪人一到电视台就被前来迎接的工作人员带到了会议室。
几位节目制作方的成员已经到场。
除我以外还有四名参加选秀的选手。
很快会谈便开始了,节目制作人询问我们各自有什么特长。
舞蹈、模仿新闻主持人等,每位参加者都拥有个性十足的特长,并预定在下周举行的选秀中表演。
节目方要求我们最好表演除唱歌以外尽可能与众不同的特长,我稍微考虑了下说,也许可以用我擅长的羽毛球做一些简单的表演。
制作人们商议片刻后表示,不能只是普通地打羽毛球,比如说每次都用不同的方式击球等等,只有做到那样我才可以在节目中展示这个特长。
因为一时也想不出其他的特长,于是当场决定我下周将展示的特长为羽毛球。
等所有人准备表演的特长都决定好以后,接下来开始讨论关于节目中的唱歌比赛环节。
其他四位参赛选手都是中国人,他们很顺利地一一确定了将要演唱的曲目,只有我对唱什么歌举棋不定。
因为既不能唱日文歌,而我会唱的中文歌也为数不多。
结果经过漫长的讨论,决定从我会唱的中文歌曲中选择一首相对擅长的演唱。
从“加油!好男儿”这个标题就能大致看出。
这个节目的内容有唱歌、有跳舞、有表演等等,是一次特殊的、比拼选手各方面综合素质的选秀比赛。
但也并不是说能歌善舞的人就一定能获胜,因为决定选手胜负的是来自电视观众和粉丝们的短信投票数。
唱歌等表演只不过是影响胜负的基础因素之一,更重要的是通过节目中的表现能够吸引多少观众对你产生好感、甚至喜欢上你。
就这样,刚到上海还没容缓过劲来的我,因参加比赛而必须服从各种约束。
待续
089【原文】http://komatsutakuya.com/450
俺は「加油!好男児」のテレビオーディションに参加する為07年4月初旬再び上海へ渡った。
上海に到着すると空港から直接上海テレビに向かう事になる。
どうやら翌週に収録するオーディション番組の打ち合わせがあるらしい。
俺とマネージャーが二人でテレビ局に着くと迎えに来たスタッフに連れられ打ち合わせを行う部屋に通された。
そこには数人の番組スタッフ。
そして俺の他に四人のオーディション参加者が集められていた。
すぐにミーティングは進められ番組プロデューサーからそれぞれ特技を聞き出された。
ダンスやアナウンサーの物まねなど参加者はそれぞれが個性ある特技を持っていて、それを翌週行われるオーディション中に披露する事が決まっていった。
特技は歌以外で出来る限り変わったものが良いというリクエストだったので俺は一瞬困ってしまうのだが、俺の得意なバドミントンならば簡単なパフォーマンスぐらい出来るだろうとスタッフに提案してみる。
スタッフ達はしばらく協議した後、普通にただバドミントンをするのではなく例えば毎回違う打ち方をしてパフォーマンスとして見せる事が可能ならば俺の披露する特技はバドミントンで良いと伝えてきた。
他に思い浮かぶ特技もなかったので俺の披露する特技はバドミントンでいこうとその場で決めた。
そうやって全員の披露すべき特技が決まると次は番組中に歌を歌って競うコーナーの話し合いが始まった。
他の四人の出演者はみんな中国人だったし次々と歌う歌がテンポ良く決まっていく中、俺だけはなかなか歌う歌が決まらない。
日本語の歌は歌わせてもらえなかったし、中国語で俺が歌う事の出来る歌はそう多くなかったからだ。
結局長い話し合いの後、俺が歌う事の出来る曲目の中から比較的得意な歌を歌う事に決まった。
「加油!好男児」は直訳すれば「頑張れ!イケメン達」というイケメンコンテストと言えば分かりやすいのだろうか?
毎回のオーディションで競う内容は歌ありダンスありトークありと様々なジャンルで競い合う特殊なオーディションだった。
けれど歌やダンスが上手い人間が必ずしも勝ち残れるわけではなく、テレビを見ている視聴者やファンの人達のショートメールによる得票数によって勝敗が決定する番組だった。
歌などのパフォーマンスはその基準値を定める一つのきっかけにしか過ぎず、より大きな要素は番組出演中にどれだけの人に自分を好きになってもらえるか?という事だった。
上海に到着して早々、俺は休む間もなくその後もオーディションの事だけで様々な事を拘束される事になっていく。
つづく
Published
Filed