[小松拓也故事]父亲的重要性和家人的团结
(2012-04-10 11:57:07)
标签:
杂谈 |
分类: 小松拓也的故事 |
010【译文】http://komatsutakuya.com/217
父亲的重要性和家人的团结
母亲去世后没过多久,全家人便意识到她的存在是有多么的重要。
其重要性不只停留在精神层面,从日常生活这一现实层面来说也是意义非凡。
做饭、洗衣、扫地、洗碗,这些家务以前全都由母亲一手包办,现在则逐步转变为由全体家庭成员共同分担。直到亲手开始干家务,我才第一次知道原来家务活是一件这么辛苦的事情。
而全家人中干活最多的要数父亲。
一下班就赶回家给我们准备饭菜,干别的家务活也比我们这些孩子积极主动得多。
想必那时候的父亲根本没有所谓的私人时间。
一大清早就出门上班,一下班就立刻直接回家,还包揽了大部分家务活。
父亲代替离去的母亲全心全力地为我们几个孩子付出了太多太多。
当时的父亲有多辛苦劳累直到我长大成人后才真正理解,对父亲的感恩无以言表。
对我来说,父母都是值得尊敬的伟大之人。
我由衷对自己身为他们的孩子这件事感到自豪。他们是最棒的父母。
母亲常用敦敦教诲的话语教导我人生的哲理,而父亲则更倾向于默默地用行动向我展示各种道理。
他们有一个高尚的共同点,那就是从不因为自己替他人做过些什么而奢求回报。
用一句话形容的话,就是无偿的爱,也可以说是人的善良本性。
虽然失去了母亲,但父亲用他无偿的爱温柔地包容、保护着我们三兄妹。就算只是减轻一点父亲的负担也好,我们开始更多地帮忙做家务。正是这无偿的爱加深了家人间的羁绊,使我们更紧密地联系在了一起。
待续
010【原文】http://komatsutakuya.com/217
母がいなくなってから母の存在の大きさを家族全員が理解するまでそんなに時間はかからなかった。
それは精神的な事だけでなく生活や現実というリアルの生っぽい部分でも同じ事が言えた。
食事や洗濯、掃除に皿洗いなど今まで母に任せっきりだった家事は家族全員での分担制に次第に変わっていくが最初の頃は家事が意外にも大変な作業だという事を自分が体験する事で俺は初めて知る事になる。
中でも父は本当によく働いた。
仕事が終わると真っ直ぐに家に戻ってきて食事を俺たちの為に作ってくれ、他の家事も俺達子供の誰よりも率先してやってくれた。
あの当時は父にプライベートの時間なんて一切なかっただろう。
朝早くから仕事に出掛けて仕事が終わると真っ直ぐ帰宅し家事を率先してやる。
いなくなった母の代わりに全力全身でただただ俺達子供に尽くしてくれた。
それがどれだけ大変で重労働な事かは自分が大人になった今本当によく理解出来るし父には感謝してもしきれない。
母も本当に偉大だったが父も俺にとって最高に素晴らしい人だ。
今でもこの2人の子供として生まれてきた事を心から誇りに思うし最高の両親だと思っている。
母はよく人生や生き方を語りかける事で説いてくれたが、父はあまり多くを語らずいつも行動で色々な事を示してくれた。
2人に共通している素晴らしい事は自分が他人の為に何かをしてあげたとしてもそこに見返りや多くを求めない事だ。
一言で言ってしまえば無償の愛であり人間性なのだろう。
母を失くした後も父の注いでくれた無償の愛に包まれて俺達兄弟は自然に父の負担を少しでも軽くしたいと家事を手伝いはじめ、家族の絆は強く深くなっていく事になる。
つづく
Published on 2011年6月10日 11:40 AM.
Filed under:
小松拓也自伝「俺と中国」