日语综合教程第六册第四课诗四编
(2011-05-21 19:38:38)
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诗四篇吉野宏中原中也日语综合教程 |
分类: 综合日语第六册 |
日语综合教程第六册
翻译:王志镐
二 诗二编
(一)
关于作者:中原中也(1907-1937),日本诗人。生于日本山口县。与法国象征派诗人,特别是Paul-Marie Verlainede之作风相亲近。主要作品有诗集《山羊的歌》、《往日的歌》、翻译作品《Jean Arthur Gimbaud诗集》等。《一则童话》是收录在《往日的歌》(1938年刊)中的诗。
课文翻译:
秋の夜は、はるかの彼方に、
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと、
さらさらと射しているのでありました。
陽といっても、まるでけいせきか何かのようで、
非常な固体の粉末のようで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもいるびでした。
さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでいてくっきりとした
影を落としているのでした。
やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもいなかった川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れているのでありました……
(高校『国語1改定版』大修馆书店より)
辅助教材 二 诗二编 (二)I was born
作者介绍:吉野宏,日本诗人,1926年出生于日本山形县。著有《伤感旅行》、《虹的脚》、《北入曾》、《如果风在吹》等诗集和诗画集。
课文翻译:
——我不是同样也出生了吗?
——我出生了。怀孕的样子。准确地说是被人生了出来,却不是根据自己的意志吧。
ある夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと、青い夕靄の奥から浮き出るように白い女がこちらへやってくる。物憂げに、ゆっくりと。
女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。
女は行過ぎた。
少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は〔生まれる〕ということが 正しく(受身)である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
――やっぱりI was born なんだね――
父は怪異そうに僕の顔を覗き込んだ。僕は繰り返した。
――I was born さ。受身形だよ。正しい言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないだね――。
その時、どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見にすぎなかったのだから。
父は無言で暫く歩いた後、思いがけない話をした。
――蜉蝣という虫はね。生まれれから二、三日で死ぬんだそうだが、それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと、そんなことがひどく気になった頃があってね――
僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話したら 或日 これが 蜉蝣の雌だと言って拡大鏡で見せてくれた。説明によろと口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても入っているのは空気ばかり。見ると、その通りなんだ。ところが、卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて
〔卵〕というと 彼も肯いて答えだ。(せつなげだね――)。そんなこtがあってから間もなくの事だったんよ お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは――。
父の話のそれからあとは、もう覚えていない。ただ一つ痛みのように切なく僕の脳里に焼きついたものがあった。
――ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しく塞いでいた白い僕の肉体――。
(『現代詩の解釈と鑑賞辞典』旺文社より)