【朗読原文】【第27回】あらしのよるに(1)

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【第27回:あらしのよるに(1)】
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あらしのよるに(1)
きむらゆういち あべ弘士
あらしのよるに
ごうごうと叩きつけてきた。
それは『雨』というより、襲いかかる水の粒たちだ。
荒れ狂った夜の嵐は、その粒たちを、ちっぽけなヤギの体に、右から左から、力まかせにぶつけてくる。
白いヤギは、やっとの思いで丘をすべりおり、こわれかけた小さな小屋にもぐり込んだ。
暗闇の中で、ヤギは体を休め、じっと、嵐の止むのを待つ。
ガタン!
誰かが小屋の中に入ってくる。
ハアハアという息づかい。
何者だろう?
ヤギはじっと身をひそめ、耳をそばだてた。
コツン、ズズ。
コツン、ズズー。
一歩一歩、固いものが床を叩いてやってくる。
ひづめの音だ。
なあんだ、それならヤギに違いない。
ヤギはほっとして、そいつに声をかけた。
「すごい嵐ですね」
「え?おや、こいつは失礼、ハアハア、しやした。真っ暗で、ちっとも、ハアハア、気がつきやせんで」
相手はちょっと驚いて、荒い息で答える。
「私も、今飛び込んできたところですよ。しかし、こんなにひどくなるとはね」
「まったく。……おかげで脚はくじくし、おいらはもう散々ですよ。ふう~」
相手は、やっと大きくため息をつき、杖にしていた棒切れを床に置く。
ということは……。
そう、その杖をついてやって来た黒い影は、ヤギではなく、オオカミだったのだ。特に、このオオカミ、するどい牙を持ち、ヤギの肉が大好物ときている。
「あなたが来てくれて、ほっとしましたよ。」
ヤギのほうは、相手がオオカミだとは、まだ気がつかない。
「そりゃあ、おいらだって、嵐の夜に、こんな小屋にひとりぼっちじゃ、心細くなっちまいやすよ」
どうやらオオカミのほうも、相手がヤギだとはきづいていない。
「よっこらしょ。うっ……、いてててて」
「どうしました」
「いやあ、ここに来るとき、ちょっと、脚をね」
「そりゃあ、大変。ほら、こっちに脚を伸ばしてくださいよ」
「お、それじゃ、ちょっくらしつれいして、よいしょっと」
オオカミが伸ばした脚が、チョンとヤギの腰に当たる。
ヤギは、
『あら?ひづめにしては、ずいぶんやわらかいな』
と思ったが、きっと今当たったのは膝なんだと思い込む。
「ハ、ハ、ハ、ハックチュン!」
突然、オオカミが大きなくしゃみをした。
「大丈夫ですか?」
「うっ……、どうやら鼻風邪をひいちまったらしい」
「わたしもですよ。おかげで、全然においがわからないんです」
「エヘへ、今わかるのは、お互い声だけってわけっすよね」
「ハハハ、本当ですね」
オオカミの笑声を聞いて、ヤギは思わず、
『オオカミみたいなすごみのある低いお声で』
と言いかけたが、失礼だと思い、口を閉じる。
オオカミのほうも、
『まるでヤギみたいに甲高い笑い方でやんすね』
って言おうとしたが、そんなこと言ったら相手が気を悪くすると思い、やめることにする。
風のうなり声と、小屋に叩きつける雨の粒が、かわりばんこに響きわたる。
「どちらにお住まいで」
「へえ、おいらは、バクバク谷のほうでやす」
「ええ!?バクバク谷ですって?あっちのほうは危なくないですか?」
「へえ~、そうでやんすか?ま、ちょっと厳しいけれど、住み心地はいいでやんすよ」
バクバク谷とは、オオカミたちのいる谷である。
「ふーん、度胸があるんですね。わたしはサワサワ山のほうですよ」
「おーっ、そいつはうらやましい。そっちのほうは、うまい食べ物が、たくさんあるじゃないすか」
うまい食べ物とは、ヤギのことである。
「まあ、ふつうですよ、ハハハ」
その時、二匹のお腹が同時に鳴る。
ぐう~。
「そういえば、腹が減りやしたね」
「ほんとに。わたしもぺこぺこですよ」
「ああ、こんなとき、うまい餌が近くにあったらなあ」
「わかります、わかります。わたしも今、おんなじことを思ってたんです」
「そういえば、おいら、よくサワサワ山のふもとにあるフカフカ谷のあたりに、餌を食べに行きやすよ」
「おや、偶然。わたしもですよ」
「あそこの餌は、特別うまいんすよねえ」
「ええ、においもいいし」
「やわらかいのに歯ごたえもいいっすから」
「毎日食べても飽きないくらいですよね」
「ほんと、一度食ったら病みつきになっちまいやす」
「うーん、その言い方、ぴったりですよね」
「ああ、思い出しただけでたまらねえ。よだれが出そう」
「ああ、思いっきり食べたい」
そこで二匹は同時に、
「あの、おいしい……」
『草』とヤギが言い、
『肉』とオオカミが言った。
けれども、ガラガラと遠くで鳴った雷に、ちょうどその声はかき消された。
「そういえば、おいら、子どもの頃はやせっぽちでね。今じゃあ特別大食らいだけど、あの頃はよくおふくろから言われたもんすよ。『もっと食え、もっと食え』ってね」
「あら、わたしもですよ。『そんなんじゃ、いざという時に、早く走れないでしょ。早く走れないと、生き残れないわ』って、食事のたびに母親にね」
「そうそう、おいらのうちも、同じ言い方っすよ。『早く走れないと生き残れないわよ』って」
「ハハハ、わたしたち、ほんとにおく似てますねえ」
「へへへ、ほんと、真っ暗でお互いの顔も見えないっすけど、実は顔まで似てたりして」
ピカッ!
その時、すぐ近くで稲妻が光り、小屋の中が昼間のように映し出された。
「あっ、わたし今、うっかり下を向いてましたけど、今、わたしの顔、見えたでしょ。似てましたあ?」
「……それが、まぶしくて、おいら思わず目ぇつぶっちまって」
「ま、もうすぐ夜が明ければわかることですよ」
ガラガラガラ~!
突然、大きな雷の音が、小屋中を震わせる。
「ひゃあ!」
思わず二匹は、しっかりと体を寄せ合ってしまう。
「あっ、失礼。どうもわたし、この音に弱くて」
「ふうー、おいらもなんですよう。ハアー、びっくりしやしたね」
「なんか、わたしたちって、似てると思いません?」
「いよっ、実はおいらも今、気が合うなあ~って」
「そうだ。どうです、今度天気のいい日にお食事でも」
「いいっすねぇ。ひどい嵐で最悪の夜だと思ってたんすけど、いい友達に出会って、こいつは最高の夜かもしんねえす」
「おや、もうすっかり嵐も止みましたねえ」
「おっ、ほんとだ」
雲の切れ間にほんのわずかだが、星すら出てきた。
「それじゃ、とりあえず、明日のお昼なんてどうです?」
「いいっすよ。嵐の後は特にいい天気って言いやすからね」
「会う場所は、どうします?」
「うーん。じゃ、この小屋の前では?」
「決まり。でも、お互いの顔がわからなかったりして」
「じゃ、念のため、おいらが『嵐の夜に友達になったものです』って言いやすよ」
「ハハハ、『あらしのよるに』だけでわかりますよ」
「じゃあ、おいらたちの合い言葉は、『あらしのよるに』ってことっすね」
「じゃあ、気をつけて、あらしのよるに」
「さいなら、あらしのよるに」
さっきまで荒れ狂っていた嵐が嘘のように、さわやかな風がふわりと吹いた。
夜明け前の静か闇の中を、手を振りながら左右に別れていく二つの影。
明くる日、この丘の下で、何が起こるのか。
木の葉のしずくをきらめかせ、ちょっぴりと顔を出してきた朝日にも、そんなこと、わかるはずもない。
ー続くー