新世紀華東地区第一回日本語教育研究国際シンポジウム
“中国における日本語教育と国際化”に参加して
日本では桜の開花とともに新年度が始まり、学校でも会社でも新鮮な雰囲気が漂う頃、上海の華東師範大学において、華東地区第一回日本語教育研究国際シンポジウムが開催されました。中国全土、そして日本からの専門家を合わせ、100人以上が参加しました。今回のシンポジウムの特徴として、参加者のほとんどが発表者であるということが挙げられます。
参加者は事前にレポートを提出し、それらすべてを一冊の本にまとめ、当日参加者全員がそれを観覧できるようになっていました。すなわち、このシンポジウムには、参加者は一方的に話を聞くのではなく、自分たちでシンポジウムを作り出すのだという意味が込められており、シンポジウムを盛り上げていくための重要な鍵となっていたといえます。
また、私が感心したのは、中国人の教授によるシンポジウムの司会進行がすべて日本語で行われた点です。開幕式の挨拶のことばも日本人、中国人問わずすべて日本語で行われました。これは、中国の日本語教育を支えている中国人日本語教師のレベルの高さを示すだけでなく、国際化を目指す中国の第二外国語教育の質の高さ、そして真の国際化に向けた強い姿勢を現し、今回のシンポジウムのテーマである“中国における日本語教育と国際化”、これを十分に意識させてくれました。
午前の部では、代表者の長年にわたる研究の成果が発表され、これからの日本語教育の一つの指針を与えてくれました。午後の部では、発表者のテーマに合わせ、教育、文学、文化?翻訳、語法の4つの分野に分かれて討論が行われました。ここで私が注目したのは、教育面です。特に、日本のお茶の水女子大学教授である岡崎眸先生の発表には、感銘を受けました。これから日本語教育を進めていく人間にとって大切な要素を教えていただいたと思います。
民族の移動が激しくなる中で、人と人との交流に不可欠なもの、ことば。これからは、母国語以外に少なくとももう一つ別のことば、すなわち第二外国語を話せることが必要となってくると予想されます。これは、外国の言語を勉強する中で、どんなやり方でも覚えが早い人たち、覚えることに優れている人たち、すなわちエリートと言われる人たちだけを対象とするのではなく、語学のセンスのない人たちを対象とする教育を考える時代に入ったということでしょう。
日本語第二言語教育は全ての人々に必要とされるものであり、語学を学ぶことをあまり得意としない人たちにも、あるいは、そのような人たちにこそ、手助けをする優秀な教師が必要であり、教授法も存在意義をもってきます。これらを踏まえて、岡崎眸先生は日本語教授法がどのようにして学習者の目標の達成を援助できるか、特に、コミュニケーションのできる力の育成を目指す場合、教室においてどのような活動の仕方があるか、という観点から考察を進めておられました。
教師にとって大事なのは、授業を始める前に学習者が何を学びたいのかを知ること、授業においては学習者からどうやって答えを引き出させるかを考えること、授業を終えてからは学習者がどれだけ学んだものを使えるようになったかを確認することだと思います。特に語学の授業内容については、教師は一方的に話したり、問いかけたりして進めていくのではなく、学習者とのやりとりの中で、あるいは学習者同士のやりとりの中で授業を展開していくことが重要になります。そして、語学において最も大事なのは、外国語を使ってどれだけ自分の言いたいことが相手に伝えられるかということです。
日本人教師が中国で日本語を教える上で大事なのは、日本人のクローンを作ることではありません。学習者にとって大事なのは、どれだけ誤解なく相手の意見を理解し、自分の意見を相手に伝えられるかということです。そのためには、当然お互いの文化、思想、言語を理解する必要があります。そして、これらはすべて自分たちの生活をより豊かなものにし、楽しい人生を送るひとつの糧となるのです。
今回のシンポジウムは、私に教師としての自覚を再確認させ、生徒との関係を再構築させてくれるいいきっかけになりました。優秀で経験豊かな先生方の話しが聞けて本当によかったと思います。最後に、このシンポジウムの開催に寄与された華東師範大学はじめ多くの大学の先生方、ならびに私をこのシンポジウムへ参加させてくださった華士実験学校国際部の幹部の方々に心からの感謝を申し上げます。
華士実験学校国際部 姜 伟
2004年4月30日
加载中,请稍候......