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接着存档有关日资零售业的信息(HX)(2008-11-22 00:10:51)

 

买好了火车票,明天一早再去海边住2天。可惜下周二要开全年总结述职会(本来应该本周四开,由于换了新所长以优先业务学习,周四变到院部听世经政所YYD所长讲“次贷危机”的事情了,别说讲得还真不错,至少比其他任何人都讲得都清楚,还真是人才难得的说)。周一必须回北京。不过,这次打算先路过一趟天津,看看天津的伊势丹。天津伊势丹过去看过,但2006年搬家之后还没去过呢。联系采访人家说周末搞活动要答复我怎么也得下周二以后,但我觉得即使光是先观察一下也好呀。到时候准备问题时也可多些针对性。反正北京==天津的那种最快的火车我也没坐过呢。见识见识也不错呀。

 

虽然这几天累着了想到海边多歇会儿养一养,但也不能什么事情都不干。作业也还是要带去一些的。因此还需存档一些相关信息。这样就省得用U盘之类搬家了。

 

先存档有关大荣的资料。大荣不是也曾在天津来过店吗。

 

株式会社ダイエー
The Daiei,Inc. 種類 株式会社
市場情報 東証1部 8263
NASDAQ DAIEY
 
本社所在地 本店
兵庫県神戸市中央区港島中町4-1-1


東京本社
東京都江東区東陽2-2-20
設立 1949年2月7日(和泉商工株式会社)(注1)
業種 小売業
事業内容 商品の小売、卸売業ほか
代表者 西見徹(代表取締役社長)
資本金 565億17百万円
(2008年2月29日現在)
売上高 単体8,360億円、連結1兆1,960億円(2008年2月期)
総資産 単体4,685億円、連結4,920億円(2008年2月29日現在)
従業員数 5,882人(2008年2月29日現在)
決算期 毎年2月末日
主要株主 イオン株式会社19.41%
丸紅株式会社18.55%
有限会社DRF11.79%
丸紅リテールインベストメント株式会社10.08%(注2)(2008年2月4日現在)
主要子会社 関連会社?団体の項目を参照
関係する人物 中内功(創業者)
林文子(元代表取締役会長兼CEO)

特記事項:注1:1970年3月に株式額面変更のための合併を実施。同日以前にダイエーを運営していた法人の設立は1957年(昭和32年)4月10日(大栄薬品工業株式会社)。
注2:丸紅グループ全体では29.51%を保持しており、実質的筆頭株主は、丸紅株式会社。
丸紅保有の全部、イオン保有の約4分の3、丸紅リテール保有の半分の株式は、議決権はあるが配当がない甲種類株式である。
有限会社DRFは、有限責任中間法人DRFホールディングス出資の会社で、株式会社アドバンテッジパートナーズと機関投資家らが組成するファンドが匿名組合員として出資する匿名組合の営業者。 


株式会社ダイエーは、ゼネラルマーチャンダイズストア (GMS)[1]およびスーパーマーケット (SM)[2]を全国的に展開している会社である。

 

概要
創業の地および創業者中内功の生誕地である[3]大阪市内と、中内の育った地である(現在の登記上本店もある)神戸市内を中心に商圏を築くとともに、流通インフラの整備にあわせて1960年代後半~1970年代に大きく発展し全国展開を進めた。1980年代には、全国各地の地場スーパーマーケットと提携し傘下に納める形でグループを形成(のちに、九州地区のユニードと首都圏の忠実屋については1994年に吸収合併)した。

 

小売業に関しては、創業以来一貫して「価格破壊」をスローガンとする拡張路線を進めてきた。価格破壊とともに質への需要などニーズが多様化すると、子会社も含めて「ダイエー」のほかに「トポス」「イタリアーノ」「Dマート」「バンドール」「Kou's」「プランタン」など業態ブランドを拡大化し多様化する消費者ニーズにこたえながらも流通革命により価格破壊を志向する「よい品をどんどん安く(GOOD QUALITY BEST PRICE)」の方針で事業が進められてきた。また、1975年6月には角川文庫より城山三郎著「価格破壊」が出版されている。

 

小売業以外にもホテル、大学、プロ野球、出版、金融など事業分野の多角化に乗り出し、特に、創業者の故郷である神戸市内とプロ野球球団の本拠地に定めた福岡市内で、グループ子会社とともに事業を数多く手がけた。

 

だが、バブル崩壊後の1990年代後半から業績悪化が表面化。経産省出身の雨貝二郎会長から引き続いて、高木邦夫社長時代の2004年から産業再生法の適用及び産業再生機構からの支援を経て、現在は丸紅およびイオンとの連携のもと、非主力事業の譲渡やコア事業である小売部門の縮小などの再建策が行われている。連結有利子負債は2001年2月期には2兆5,641億円に達していたが、2007年5月末には6,031億円まで縮小した(なお、2007年8月2日に三井住友銀行に株式売却したオーエムシーカードを除いた2007年5月末時点の連結有利子負債は1,991億円となった。2,000億円を割ったのは1975年2月末の1,594億円以来だが、当時のこの有利子負債額はダイエー単体での数字である)。

 

経営不振後は「バブルの負の遺産の象徴」として語られる向きもあるが、高度経済成長下の時代においては、新しい業態を開発し、流通業界を牽引する役割を果たしていた。

 

なお、旧ダイエーグループ本社ビル(大阪府吹田市豊津町9番1号の江坂東洋不動産ビル)に、一部の事業所が残っている。

 

コーポレートアイデンティティ (CI)
 
ダイエー 所沢店(旧ロゴ)
埼玉県所沢市東町5-22
ダイエー 光明池店
大阪府和泉市室堂町841-1
ダイエー 今池店
愛知県名古屋市千種区今池5丁目13-26
ダイエー ショッパーズ福岡店

福岡県福岡市中央区天神4丁目4-11名前の由来は、創業者?中内功の祖父中内栄の名前の「栄」に、「大」をつけた「大栄」であり、「大阪より栄える」「大いに栄える」という意味もこめられている。また、1975年から2005年11月30日までダイエーグループのスーパーマーケット共通に使われていた「D」を意匠化したシンボルマークは、「上弦の月」をイメージさせるとともに、真円の一部が欠けたデザインとすることで、不完全な円=「永遠の未完成」(=成長し続ける)を意図している。しかし一部の顧客には何か物足りないスーパー(真円になれない)という意味だと揶揄された。

 

中略


沿革

1950年代
1957年4月10日 - 創業者中内功が「大栄薬品工業株式会社」を神戸市長田区片山町5-5に設立。
1957年9月23日 - 1号店が千林駅前(大阪市旭区千林町)に開店(後年「千林駅前店」に改称し1974年閉店。なお、2005年10月31日に閉店したトポス千林店は1961年7月開店の別店舗)。
1958年1月25日 - 本店を大阪市旭区千林町3丁目236番地に移転。
1958年12月 - 三宮店(神戸市)を開店。チェーン店展開の開始。この年、創業の理念を制定。
1959年3月25日 - 大栄薬品工業株式会社が「株式会社主婦の店」に社名変更(店名は「主婦の店ダイエー」)。
1959年4月 - 衣料品の取り扱いを開始(三宮店1階?30坪)。日用品の取り扱い開始。
1959年6月 - 三宮店の拡張に伴い、肉の取り扱い開始。

 

1960年代
1960年 - 鮮魚及び青果の取り扱い開始。
1961年4月15日 - 三宮店を大拡張。日本最大のスーパーとなる。
1961年9月 - プライベートブランド「ダイエー」(インスタントコーヒー)販売開始。
1962年3月 - 公募により初代シンボルマークを制定(3月16日の新聞広告より使用)。
1962年7月2日 - 株式会社主婦の店が「株式会社主婦の店ダイエー」に社名変更。
1962年 - 売上高100億円突破。従業員数1000人突破。
1963年1月26日 - 西宮市に西宮本部社屋が完成。流通センターや食肉加工センターを併設。
1963年2月 - 「株式会社フクオカダイエー」を設立。九州へ進出(3月10日に天神店を開店)。
1963年4月18日 - 第1回「お客様重役会」募集(5月16日、13名が決定)。
1963年7月 - 専門店複合型のショッピングセンター「SSDDS(セルフサービス、ディスカウント、デパートメントストア)」(のち三宮第一店)を開店。
1963年 - 『ダイエーの誓い』できる。パンチカードシステム導入。
1964年1月15日 - 「株式会社一徳」(後に「株式会社トウキョウダイエー」に社名変更)を買収。首都圏へ進出。4店出店。
1964年4月5日 - 庄内店オープン。日本初の大型ショッピングセンター方式の実験、銀行と専門店が別棟式。
1964年2月27日 株式会社四国ダイエー設立
1964年4月18日 - 大街道店(愛媛県松山市)のち「ダック松山店」オープン。四国へ進出。
1964年9月 - プライベートブランド「グンゼブルーマウンテン」肌着発売開始。
1965年2月 - 社歌I制定。
1966年 - 従業員のアメリカ研修制度スタート。
1967年8月2日 - 日本チェーンストア協会設立。中内社長が初代会長に。
1967年10月1日 - ダイエー厚生年金基金設立。
1968年7月1日 - ダイエー健康保険組合設立。
1968年11月30日 - 日本初の本格的郊外型ショッピングセンター(香里店)を開店。
1969年5月28日 - 「株式会社ゼノン」設立(時計、眼鏡の専門店)。
1969年6月 - 「株式会社キャプテンクック」(現:オレンジフードコート)設立(ファーストフード専門店)。
1969年6月20日 - レインボー作戦(首都圏本格進出の基本戦略)1号店原町田店オープン。
1969年8月1日 - 「株式会社コルドバ」設立(靴の専門店)。「株式会社ロベルト」設立(紳士服専門店)。
1969年8月 - 「株式会社フクオカダイエー」、「株式会社トウキョウダイエー」および「四国ダイエー株式会社」を合併し、全国店舗を親会社へ集約(直営化)。
1969年9月 - 「株式会社ダイエーサカエミート」(現:アルタックフーズ)設立(食肉の加工、製造、販売)。
1969年11月 - 「和泉商工株式会社」を買収し「株式会社ダイエー」に商号変更。同月、本部を兵庫県西宮市から大阪市大淀区(現:北区)中津に移転。
1969年11月25日 - 「阪神運輸倉庫株式会社」設立。

 

1970年代
1970年2月27日 - 「株式会社サンコー」と業務提携。
1970年3月18日 - 「株式会社ダイエー」が存続会社となり「株式会社主婦の店ダイエー」を合併(株式の額面変更のため)。
1970年3月 - 初のFCとして高知スーパーマーケットと契約締結(4月18日大橋通店オープン)。
1970年5月12日 - 日本初のハンバーガーショップとしてドムドム原町田店をオープン。
1970年7月1日 - 「株式会社フォルクス」設立(ステーキレストランに進出)。
1970年7月22日 - 「株式会社ダイエーセントラル牧場」(現:鹿児島サンライズファーム)設立。
1970年8月28日 - 「株式会社消費経済研究所」設立。
1970年9月6日 - 神戸流通センター竣工。
1970年11月16日 - ダイエー品質管理センター開設。
1970年11月25日 - 5万円台の格安13型カラーテレビ、プライベートブランド「ブブ」を発売。翌年製造元の株式会社クラウンと資本提携。
1970年 - 売上高1000億円突破。
1971年1月26日 - 「株式会社ダイエーレジャーランド」(現:ファンフィールド)設立。
1971年3月1日 - 大証二部に株式上場。
1971年6月15日 - ショッパーズプラザ福岡がオープン(国内最大)。
1971年9月1日 - スーパー大学校設立。第1回新店幹部養成講座開校。
1971年9月1日 - 本店を大阪市大淀区中津本通1-2に移転。
1971年9月1日 - クレーム110番制度発足。
1972年1月4日 - 大証一部に指定替え。
1972年3月1日 - 東証一部に株式上場。
1972年3月24日 - 物価値上がり阻止運動を宣言。
1972年7月1日 - 「株式会社ボンテ」設立(パン製造?販売)。
1972年8月 - ハワイに「ダイエーUSA」設立(11月19日、1号店ダイエーパールリッジ店オープン)。
1972年8月 - 三越を抜き、小売業売上高日本一を達成。
1972年11月29日 - 「株式会社大中」設立(中国雑貨の専門店)。
1972年12月9日 - 「ジョセフ、マグニン、ジャパン株式会社」設立(婦人ドレス専門店)。
1972年12月20日 - ディッパーダン、アイスクリーム1号店を東京八重洲地下街にオープン。

1973年1月 - 社歌Ⅱ、愛唱歌制定。
1973年3月 - 物価値上がり阻止運動を1年間延長。
1973年5月19日 - 「株式会社サカエ」(現在のグルメシティ近畿の前身)と提携。
1973年11月25日 - 札幌店を開店(北海道へ進出)。
1974年9月29日 - 創業第1号店千林駅前店閉店。
1975年4月15日 - 「ダイエーローソン株式会社」を設立し、コンビニエンスストア業界へ進出。
1975年5月1日 - 本店を大阪府吹田市豊津町9 - 1に移転。
1975年6月 - コンビニエンスストア「ローソン」1号店、桜塚店(豊中市)を開店。
1975年10月21日 - Daieiの頭文字"D"と「上弦の月」をイメージしたシンボルマークとロゴを制定、24日開店の一宮店より使用開始。
1975年10月 - クレジットカードの取り扱い開始。
1975年 - 那覇ショッパーズプラザ(のちのダイナハ → ダイエー那覇店:2005年11月20日閉店)を開店。
1976年1月24日 「株式会社ダック松山」 設立 「グルメスーパーの1号店」国内海外の高級商品を販売。
1976年8月25日 - 「北海道ダイエー株式会社」設立。
1976年12月23日 - 「ダイエー水産株式会社」(現:セリティフーズ)設立(水産物の加工、製造、販売)。
1977年1月18日 - 客の目につくよう、店長がオレンジ色のジャケットを羽織り、意見を聞く「オレンジエスコート作戦」開始。
1977年4月25日 - 「株式会社マルシェ」設立(雑貨小売業)。
1978年2月1日 - ダイエーオレンジカード(1983年5月1日にはグループ企業にも拡大し「オレンジメンバーズカード」に改称、現在のOMCカード)を発行。
1978年8月20日 - 日本ではじめてノーブランド商品発売。
1978年10月 - 「株式会社中合」(百貨店)と提携。
1978年 - 商品券システム開始。
1979年8月20日 - 「株式会社ビッグ.エー」設立(加工食品のディスカウント店)。11月4日に宮原店(さいたま市)をオープン。
1979年10月6日 - 「株式会社アシーネ」設立(書籍の専門店)。

 

1980年代
1980年2月16日 - 売上高が業界初の1兆円を突破。
1980年3月1日 - 柳川店(岡山県岡山市)を業態転換し、トポス1号店としてオープン。
1980年4月1日 - 社員共済会「若葉会」スタート。
1980年9月1日 - 「株式会社ジョイント」設立(ジーンズカジュアル専門店)。
1980年11月18日 - 「株式会社九州ダイエー」設立。
1980年12月 - プライベートブランド「セービング」を発売。衣料品?日用品等41品目。
1981年2月 - 高島屋と業務提携開始。
1981年3月6日 - フランスの百貨店「プランタン」との合弁会社「オ.プランタン.ジャポン」を設立し、神戸市中央区にPrintemps(プランタン神戸)を、現在の三宮オーパの地に開店(日本におけるプランタン1号店)。
1981年3月20日 - 神戸ポートアイランド博覧会にダイエーパビリオン出展。
1981年5月 - プライベートブランド「サリブ」(家電トータルシリーズ)発売。
1981年7月31日 - 株式会社サンコー(ダイエーグループ企業)を株式会社マルエツが吸収合併し、ダイエーグループとなった「株式会社マルエツ」が発足。
1981年9月1日 - 株式会社九州ダイエー(1980年11月設立、1981年5月九州地区のダイエーの営業を継承)を株式会社ユニードが吸収合併し、ダイエーグループとなった「株式会社ユニード」が発足(株式会社ユニードは1991年9月1日に株式会社ユニードダイエーに商号変更)。
1981年9月1日 - 「株式会社天津大栄」(現:テンダイ)設立(衣料品.食品.雑貨等の輸入販売)。
1981年 - POSシステム(日本IBM製)導入開始。

1982年1月24日 - 第1回大阪女子マラソン協賛参加(第20回大会まで協賛)。
1982年 - 本社機能を芝パークビル(港区芝公園2丁目、通称「軍艦ビル」)に移転。
1982年1月 - 「オレンジ合衆国」発足。ユニード、マルエツ、CGCなどが参入し、ダイエーグループの象徴となる[4]。
1982年3月 - 「株式会社十字屋」と業務提携。
1982年5月1日 - ハワイ.アラモアショッピングセンターを取得。
1982年11月16日 - プライベートブランド「カット&プラス」(健康志向食品)発売。
1982年11月18日 - 女子バレーボール部「ダイエーオレンジアタッカーズ」設立。

1983年2月16日 - 「株式会社丸興」と業務提携。
1983年3月25日 - 陸上競技部「ダイエーオレンジランナーズ」設立。
1983年8月1日 - 「株式会社流通システムサービス」(現:富士ソフトディーアイエス)設立(情報処理等)。
1983年9月10日 - プライベートブランド「すこやかベジタ」(自然順応栽培野菜)発売。
1983年10月27日 - プライベートブランド「リブニー」(キッチンコーディネイト商品)発売。
1984年4月27日 - プランタン銀座を開店(ダイエーグループがプランタンとして開店した店舗群では唯一現存するプランタン)。
1984年7月 - 株式会社丸興と朝日クレジット株式会社が合併(1987年9月「株式会社ダイエーファイナンス」へ)。
1984年9月1日 - 本店を、神戸市中央区港島中町4丁目1番1号に移転。
1984年9月1日 - プライベートブランド「ニューセービング」発売(「ノーブランド」と「セービング」を統合)。
1984年9月22日 - プライベートブランド愛着仕様「デイリーユース」発売。

1985年3月1日 - 「V革作戦」開始。
1985年3月17日 - 国際科学技術博覧会にダイエーパビリオン「詩人の家」出展。
1985年3月25日 - 「株式会社日本流通リース」設立(総合リース業)。
1985年6月17日 - 生活便利マガジン「オレンジページ」創刊。
1986年5月29日 - プライベートブランド「ディナーマーム」(調理済オーブンレンジ商品)発売。
1987年 - 会社更生法を申請していた、ミシンメーカーのリッカーの再建支援を引き受け。
1987年 - 株式会社ディッパーダン.アイスクリーム.ジャパンと株式会社キャプテンクックが合併。
1987年3月10日 - プライベートブランド「アザド」(1人暮らしのための88品目など)発売。
1987年3月 - POS全店導入開始。
1987年4月2日 - プライベートブランド「ニューキャプテンクック」発売。
1988年4月1日 - 流通科学大学開校。
1988年9月 - 新神戸オリエンタルシティC3オープン。OPAのルーツとなる新神戸オリエンタルパークアベニューが誕生[5]。
1988年9月 - 南海電気鉄道からプロ野球「南海ホークス」の経営権を譲り受けることを決定。
1988年10月1日 - ダイエーグループ福祉会発足。
1988年11月1日 - 福岡ダイエーホークス (FDH) が発足。当初の本拠地は1978年までライオンズの本拠地だった平和台球場。
1989年7月3日 - 福岡オフィスセンター設置。
1989年11月23日 - ハイパーマート1号店「釧路店」オープン。

 

1990年代
1990年9月26日 - 消費者志向優良企業として通産大臣表彰を受ける。
1990年11月 - 1991年4月からの牛肉輸入自由化に対応し、輸入牛肉を大規模に取り扱う専門店「ミートパビリオン」(翌年「カンザスシティ」に改称)を三宮第一店に設置。
1991年1月2日 - OMCエコロジーカード発行。
1991年1月11日 - 同業他社の先陣となる、東北?関東?近畿の8店舗で「お買物袋スタンプカード」を試験導入。
1991年3月1日 - 「株式会社北海道ダイエー」を吸収合併。
1991年3月28日 - セービング商品の見直しとパッケージデザインを変更。
1991年7月25日 - 空き缶プレスカー「ぷれすくん」導入。
1991年8月 - 商品受発注をグループ各社でJANコードに統一。
1991年10月 - 子会社の「株式会社関西ユニード」、「株式会社酒田ダイエー」、「株式会社名東ショッピング」の店舗(富雄店.酒田店.メイトピア店)を譲受し、これら3社を清算。
1992年3月4日 - 「株式会社忠実屋」と業務提携。
1992年10月1日 - 会員制ディスカウントストア1号店「Kou'S」の1号店を、神戸ハーバーランドにダイエーが開店した「ハーバーランドシティ」[6]内「Kou'Sホールセールメンバーシップクラブ」としてオープン(当時は直営)。
1993年4月2日 - プロ野球団取得の後に発表していた福岡ツインドームシティ構想の一環である、開閉式ドーム「福岡ドーム」が開業。平和台球場に代わりFDHの本拠地となる。
1993年11月 - 阪神輸送倉庫が「株式会社ジャパン.カーゴ.システムズ」他から営業譲渡され、「株式会社ダイエー.ロジスティクス.システムズ」(現:ロジワン)設立。
1993年 - 全店で盲導犬の受け入れ開始。
1994年2月 - 丸紅と包括提携。
1994年3月1日 - 「株式会社ダイエー」が、「株式会社忠実屋」(首都圏)、「株式会社ユニードダイエー」(九州)、「株式会社ダイナハ」(沖縄県)を吸収合併し、SMでの日本初のナショナルチェーンを完成させる。
1994年3月1日 - 大中とマルシェが合併し、新「株式会社マルシェ」誕生。
1994年4月12日 - 地球環境大賞の環境庁長官賞を受賞。
1994年9月1日 - 「株式会社ダイエーファイナンス」、「株式会社朝日トラベルエージェンシー」、「リッカー株式会社」の3社が合併し、「株式会社ダイエーオーエムシー」(現:オーエムシーカード)発足。
1995年1月1日 - ハーバーランドシティが流通大手初の元旦営業。
1995年1月 - 阪神、淡路大震災発生。「がんばろや We Love KOBE キャンペーン」展開。三宮などの神戸市内の店舗が被災。特に、三宮の「ダイエー村」は、この震災で事実上消滅した。震災翌日には、建物が新しく被害の小さかった灘店が被災地のキー店舗の機能を果たすようになっていた。また、グループの建物で被害が小さく済んだ建物に、被災者の求める商品を扱う小売店舗を出店した[7]。
※震災被災による閉店の詳細は、過去に存在したダイエーの店舗#兵庫県を参照

1995年3月30日 - プライベートブランド「AMPM」メンズビジネススーツ発売。
1995年4月 - ホークスタウンを開業(当初は福岡ドームとシーホーク.ホテル&リゾートのみだったが、2000年に商業施設が「ホークスタウンモール」としてオープンした)。
1995年8月24日 - Kou'sポートアイランド店24時間営業開始。
1995年10月1日 - 中国初出店の大栄天津商場店オープン。
1995年 - POSシステム(第2期)を導入。
1996年1月1日 - 339店舗で元旦営業。
1996年1月24日 - プライベートブランド製造業者協会から優秀杯賞を受賞。
1996年2月1日 - 業態別に準分社化したカンパニー制度を導入。食品SM業態の店舗を順次「グルメシティ」に改称。
1996年3月1日 - 「株式会社ロベリア」と「ジョセフ.マグニン.ジャパン株式会社」が合併。新「株式会社ロベリア」誕生。
1997年6月1日 - ホログラム入り新商品券を導入。
1997年10月 - 神戸市の三宮およびハーバーランドでのSCJによるICカードおよび電子マネーの実験に参画(OMCカードが、流通系の一般向けクレジットカードではいち早くICチップ付きのクレジットカードになったのは、この実験のため)。
1997年12月 - 持株会社「株式会社ダイエーホールディングコーポレーション (DHC)」[8]に子会社などを移管。中内功がグループCEO、長男の中内潤がCOOに就任。
1997年 - 全店で聴導犬受け入れ開始。
1998年3月 - 陸上部「オレンジランナーズ」休部。
1998年4月3日 - ホームページ「d'club」開設。
1998年5月 - 女子バレーボール部「オレンジアタッカーズ」休部。
1998年9月23日 - ダイエーグループ各店で5%割引の「ダイエーOMCカードご優待デー」を開始(毎月23日に実施)。
1998年12月10日 - 若葉会解散。
1999年1月20日 - 前年の経常赤字への転落を受けて、味の素社長を務めた鳥羽董(ただす)が副社長から社長に、中内功は会長に就任。
1999年3月25日 - ダイエーグループ再生3ヵ年計画発表。
1999年7月 - ハワイのアラモアナ.ショッピングセンターを米投資企業に売却。
1999年7月19日 - 希望退職受付(希望者802名)。
1999年8月1日 - ハイパーマート26店舗を、直営から株式会社ダイエーハイパーマートに譲渡。残るハイパーマート12店舗はGMSに転換すべく直営を維持したが、2000年9月1日に両社のハイパーマート36店舗中29店舗を株式会社ディー.ハイパーマート(旧商号:株式会社さかえビルディング)に譲渡、残る7店舗は閉鎖。
1999年 - 全店で介助犬の受け入れ開始。

 

贴不下了。先把这些信息存上,下回分解。

 

 

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