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十年挚爱長渕剛(2008-12-16 00:52:04)


   中国歌手我迷崔健、罗大佑,英国我迷甲壳虫,美国迷Bob Dylen和Lou Reed ,日本最迷民谣常青長渕剛。出生于70年代的朋友一定都熟悉小虎队的《红蜻蜓》,这首歌改编自他的《蜻蜓》;《乾杯》被姜育恒翻唱为《跟往事干杯》。辛晓琪《别问旧伤口》源自《伤まみれの青春》,这三首歌在我看来都是吟咏青春,《蜻蜓》是抒发青年独闯大城市的憧憬与愤懑,《干杯》中有一句就是“道不尽青春的每一天”,充满对已消逝的青春的怅惘,如今成为日本结婚式的必唱演曲曲目。《伤まみれの青春》用轻快的旋律歌唱迷茫和愤怒的青春,令人愁肠百结。还有一首《goodbye青春》,前奏和郑智化的《水手》很类似,青春的消逝,依然激昂奋进,并未真正丧失尖锐,而是越发沉隐。90年代他还为人气组合TOKIO创作《青春》,可见他对这一主题的热衷,在我心里这首歌无疑是《蜻蜓》姊妹篇,激越的旋律略带着踌躇。

       第一次听长渕刚的歌是在十年前,我认识一个朋友,他的父母在日本,经常会给他寄来一些唱片,无意中就喜欢上了,他的音乐中有种坚定和克制的东西,很直接地打动我,他的歌或高昂或激越或嘶裂或悲愤,无论情绪如何变化都能撞击人心,他的歌一般没有花巧的编曲,没有过多运用特效,只有一份浓郁感人的情怀;他的歌词风雅,唱出人的悲欢离合,对亲情、友情、爱情的抒怀,充满血质,震撼人心。他是一个讲究内涵的创作型歌手,曲风有民谣风格,又掺杂摇滚和另类元素,嗓音粗犷、深沉、充满沧桑感,内里蕴涵着一种即将爆发的巨大能量。《Japan》是我经常听的一张,当我遇到挫折或心情时,他的音乐会使我镇定自若,面对困境也会信心百倍

     最早朋友送我的单曲MD,还有四首一张的专辑,这两张盘已经听花了。2002年在报纸介绍过他,有个在天津日本读者还来电话纠正我的错误,因为字库没“渕”字,故用“渊”字代替,我估计是国内媒体最早介绍他的,如今他在国内拥趸渐多,真为他高兴。

    长渕刚,朝鲜裔,1956年生于鹿尔岛县。高中生的时候参加的一次吉田拓郎的演唱会,喜欢上了吉田拓郎、加川良及友部正人等当时著名的民谣歌手。进入九州产业大学后,又接触了摇滚乐,受到Neil Young等的影响。在78年的第15回雅马哈流行歌曲大奖赛中以一曲《巡恋歌》获奖。在1980年进入歌坛的长渕刚主要给歌迷留下叛逆的形象,被韩国青少年称为“日本的金铉植”。他,80年,在歌迷们的热烈要求下,将唱片《逆流》中的一首单曲《顺子》以单曲唱片的形式重新发表,大受欢迎,排行榜得魁,一跃成名。从83年第一次参加电视连续剧《家族游戏》,作为演员他也大展身手,主演了电视连续剧《保镖》电影《英二》等,他的演艺经历类似前辈矢泽永吉,一边出CD,一边演剧。歌曲代表作:《干杯》(单曲,1988),《昭和》(专辑,1989),《Keep on Fighting》(专辑,2003),《请一定要幸福》(单曲,2003)。我个人非常喜欢《静かなるアフガン》、《八月の雨の日》、《東京青春朝焼物語》、《愛してるのに》、《電信柱にひっかけた夢》、《しゃぼん玉》 、《YAMATO 》、《あなたとわたしの物語》、《ろくなもんじゃね》这些歌百听不厌。他精选集《空》是我最挚爱的一张专辑,近作《LOVE》2008年5月发行,其中《結晶》和《かりそめの夜の海》是让人最为着迷的曲子。
   长渕刚与我喜欢尾崎丰的性情类似,敢爱敢恨,两人处于同一时代,都是民谣摇滚,一个代表乡村,一个代表城市,都是狂放不羁,都曾因为吸毒而入狱,都是热血的代名词.如果尾崎是暴走族的番长,那么长就是YAKUZA(黑社会)的兄贵。尾崎留在人们印象的是匍匐于地挣扎的模样,而长恐怕就是在电视剧《蜻蜓》中那著名的"NAGABUCHI KICK"了吧。还有一位桑田佳佑,他和长的嗓音特别像之外,两人还因一首歌势同水火。在桑田的专辑《孤独的太阳》中的那首歌,大意说有位歌手令人可憎,时常摆架子,遭人厌恶。人过中年接拍电视剧,因藏毒被捕,这一切与长刚的生活相当吻合。虽然桑田一再辩驳此曲并没有影射长,但仍引起了他的极度不满,两人的骂战在1994年成为音乐圈的热点。
     我虽然是长渕的歌迷,但是对他的生活知之甚少。只知道曾在2003年4月28日来自音乐界的歌手推出了一张向他致敬的专辑,重新演绎多首流行以久的歌曲。专辑的最后是以《しあわせになろうよ》作为大合唱结尾,为专辑画上了完满的句号。从出道至今是他佳作迭出的三十年,尽管有些丑闻让他成为新闻的主角,但这不妨碍他成为我心中的偶像,对于我本人而言是厌倦“偶像”一词的,但对于乐迷而言,一方面是十年不迄于对听觉漫长的考验,另一方面他在乐坛的成就我报以崇敬,并引以为动力,坚定地写作。

蜻蜓

每次我咯噔咯噔的用力踩着柏油马路
我的愿望只是想靠我自己继续存在
看着那些口是心非 还有数不清的黑夜
在无法逃避的黑暗里 我今天也假装睡去
我对花之都 大东京 憧憬的要死
我拎着单薄的旅行袋 一直向北向北
咀嚼着粗糙苦涩的沙尘
我的正直心被现实按倒在地
现如今浸透骨髓


※啊~幸福的蜻蜓
你要飞往哪里?
啊~幸福的蜻蜓
正伸出舌头 笑着

从明天起又有冬日寒风吹向我的脸颊
即使那样 即使它们羞辱着我
我也会毫不介意的坚持活下去
我赤着脚 数着寒冷而结冰的夜晚
但我爱着这城市也恨着这城市
我是个对东京向往要死的大笨蛋
我只是漠然的默默呆立着
在不能缺席的大都市
假如愤怒之酒流淌出来
就会浸透我这个傻瓜的骨髓


http://www.haoting.com/musiclist/ht_c61cae920a5ca66b.htm试听

長渕剛《人間》 http://tv.mofile.com/5GCH81U5

《干杯》http://www.tudou.com/programs/view/1-0VIP6sZIo/

《goodbye青春》http://v.youku.com/v_show/id_XMzI4MDIxODQ=.html

 http://www.mtvtop.net/music/31/31149.htm(静かなるアフガン)
 http://www.mtvtop.net/music/50/50630.htm(八月の雨の日)
 http://www.mtvtop.net/music/31/31163.htm(東京青春朝焼物語)
 http://www.mtvtop.net/music/31/31154.htm(愛してるのに)
 http://www.mtvtop.net/music/31/31138.htm(電信柱にひっかけた夢)
 http://www.mtvtop.net/music/31/31141.htm(しゃぼん玉)
 http://www.mtvtop.net/music/181/181634.htm(YAMATO)
 http://www.mtvtop.net/music/470/470217.htm(あなたとわたしの物語)
 http://www.mtvtop.net/music/31/31160.htm(ろくなもんじゃね)

  虾米网试听地址:http://www.xiami.com/artist/56609/default
所出大碟一览:

JAPAN  
いつかの少年  
昭和  
Captain of the Ship  
家族  
JEEP  
ふざけんじゃねぇ  
NEVER CHANGE  
長渕剛LIVE’89  
長渕剛 アコースティック 俺の太陽  
Keep On Fighting  
空 SORA  
SAMURAI  
LICENSE  
LIVE COMPLETE ’95~’96  
長渕剛 BEST ~風~  
長渕剛 BEST ~空~  
SINGLE COLLECTION  
長渕 剛 ALL NIGHT LIVE IN 桜島 04.8.21  
YAMATO  
SINGLES Vol.2(1983~1988)  
SINGLES Vol.3(1988~1996)  
SINGLES Vol.1(1978~1982)  
SUPER LIVE IN 西武球場  
逆流  
STAY DREAM  
LICENSE  
長渕剛 LIVE  
風は南から  
Bye Bye  
乾杯  
HOLD YOUR LAST CHANCE  
昭和  
HUNGRY  
時代は僕らに雨を降らしてる  
HEAVY GAUGE  
NEVER CHANGE  
LOVE SONGS


略歴
  1973年
  大学祭の前座で初めての舞台を経験。
  1974年
  友人と2人でフォークソングのグループ(T&Tグループタケシとツヨシ)を結成し、ステージ活動を本格化させる。
  1975年
  福岡県の九州産業大学へと進学。
  場末のバーで、毎回、泥酔した客や頑固な客から「演歌やらんかい演歌!!」と怒鳴られ蹴られるもオリジナル曲を通した。この時はまさに地獄の環境でビール瓶や物がステージに飛んできた(ビートルズのハンブルグ時代と似ていた)。根性はここで鍛えられたと本人は述べている。そして、ライブハウス(照和)での活動が本格化する。
  1976年
  財団法人ヤマハ音楽振興会主催の、第12回ポピュラーソング?コンテスト(通称ポプコン)、現在のTEENS' MUSIC FESTIVAL)に出場。『雨の嵐山』で入賞を果たした(注※公式HPやライナーノーツに書かれてある年表には『巡恋歌』とあるがそれは間違い。八曜社発行「俺らの旅はハイウェイ」参照)。
  1977年
  2月25日、前年のポプコン入賞を機に、ビクター?レコードより、シングル『雨の嵐山』でデビューするもヒットせず。何故か名前の読み方を「ながぶち?ごう」に変更されていた。編曲は船山基紀によるものである。
  1978年
  『巡恋歌』で15回ポプコンの入賞、10月5日東芝EMIから同曲で再デビュー。同年暮れから、南こうせつや庄野真代らとコンサート活動を本格化させる。
  1979年
  3月5日、初のオリジナルアルバム『風は南から』をリリース。
  7月26日、愛知県篠島での吉田拓郎のコンサートに特別出演。「帰れコール」(長渕自身は「帰れって言うんだったらお前らが帰れ」と言っていた)を浴びながらも(拓郎はそんなに言われて無かったよ、と言っていた。また、実際に「帰れコール」をしたのは一部の観客だけだったとも言われている)堂々と歌い、最終的には大きな喝采を浴びた。
  
  4月から9月まで、ニッポン放送『オールナイトニッポン』水曜日第2部、10月から翌年9月まで、金曜日第1部の、それぞれパーソナリティを務める。
  1980年
  6月5日、元々アルバム『逆流』の収録曲であった『順子』が、ファンからの熱い要望によりシングルカット。同年8月にはオリコンのチャート1位に。この曲の大ヒットにより、一躍トップシンガーの仲間入りを果たす。
  10月、『ナウ?ジェネレーション/長渕剛のアピール26』(TBSラジオ)、『長渕剛のひたすら60分』(ニッポン放送)のラジオパーソナリティを務める。またこの他、当時山梨鐐平などが結成していたグループ「Do!」とのジョイントバンド「チョコレッツ」を結成し、翌1981年まで活動していた。
  1981年
  8月、当時アイドル歌手だった石野真子と結婚。ニッポン放送『オールナイトニッポン』で意気投合したことがきっかけとなり結婚した。ハワイでの結婚式の仲人は、自ら恩師とする吉田拓郎と浅田美代子夫妻(当時)だった。
  1982年
  『青春は手品師』(アルバム『時代は僕らに雨を降らしてる』に収録)が、ドラマ『王貞治物語』(TBS系列)の主題歌になる。珍しい阿久悠の作詞によるもの。ドラマには長渕本人もちらっと出演している(貞治の父親役)。
  1983年
  女性は家を守るという長渕の意見と石野の意見が合わず、挙句の果てに暴力をふるい石野真子と離婚(嫁姑問題だという説もある)。
  8月26日、初の主演テレビドラマ『家族ゲーム』(TBS系列)が放映開始、俳優としても本格的に活動を始める。同番組の主題歌であるシングル『GOOD-BYE青春』がミリオンセラーとなる。
  ドラマ『青が散る』(TBS系列)の挿入歌『人間(ひと)の駱駝(らくだ)』(歌:大塚ガリバー)の作曲を手掛ける(編曲:瀬尾一三)。因みに作詞は、秋元康、宮本輝の両氏。但し、現在ではこの楽曲の収録が為されたLPは入手が相当困難である。
  1984年
  4月20日、主演したテレビドラマ『家族ゲームII』(TBS系列)放映開始。
  10月から翌年3月まで、TBSラジオ『スーパーギャング』木曜日のパーソナリティを務める。
  1985年
  4月5日、主演したテレビドラマ『家族ゲームスペシャル』(TBS系列)放映。
  8月26日、『HUNGRY』ツアーをスタートさせるも、翌年1月の日本武道館での公演を最後に、過労によりダウン。一時は重度の鬱状態に陥り、予定されていた残りのコンサートがすべて公演中止となる。
  1986年
  6月7日、主演したテレビドラマ『親子ゲーム』(TBS系列)が放映開始。
  10月22日、ギター弾き語りアルバム『STAY DREAM』リリース。このツアーで、センターステージ上に於て長渕剛がギター1本で歌うスタイルが大好評を博した。
  12月20日、出演した映画『男はつらいよ?幸福の青い鳥』が劇場公開。共演した志穂美悦子と再婚する切っ掛けに繋がった。
  1987年
  4月10日、主演したテレビドラマ『親子ジグザグ』(TBS系列)が放映開始。
  8月5日、アルバム『LICENSE』をリリース。同年末の日本レコード大賞にてアルバム大賞を獲得。
  8月28日、ゲスト出演したテレビドラマ『スタンド?バイ?ミー 気まぐれ白書』(TBS系列)放映。
  1988年
  2月5日、8年越しのシングル『乾杯』をリリース、ミリオンセラーとなる。
  6月19日、コンサート会場として、初めて東京ドーム(BIG-EGG)に進出。
  映画『男はつらいよ』での共演を切っ掛けに知り合っていた、一歳年上の女優の志穂美悦子と再婚(以後現在、2男1女をもうける)。女性は家事を守るという長渕の意見を受け入れたのか志穂美は芸能界を引退している。
  10月7日、主演したテレビドラマ『とんぼ』(TBS系列)放映開始。
  10月26日、同ドラマのタイトル曲となる『とんぼ 』をリリース、ミリオンセラーを記録する。
  12月3日、出演したテレビドラマ『うさぎの休日』(NHK)放映。
  1989年
  3月11日、主演した映画『オルゴール』が劇場公開開始。
  3月25日、アルバム『昭和』リリース。ミリオンセラーとなる。
  12月23日、主演した映画『ウォータームーン』が劇場公開開始。
  1990年
  12月31日、初のNHK紅白歌合戦出場を果たし、ドイツ?ベルリンで生演奏を披露するが、『いつかの少年』『親知らず』『乾杯』の3曲を約15分演奏、そして放送中の発言が問題となり、NHKへの出入りは禁止と報道された(実際には翌年の『音楽達人倶楽部』に出演している)。
  1991年
  10月10日、主演したテレビドラマ『しゃぼん玉』(フジテレビ系列)が放映開始。この時、女優の清水美砂との不倫関係が騒がれる。
  10月25日、シングル『しゃぼん玉』リリース。ミリオンセラーとなる。
  12月14日、本格海外レコーディングアルバム『JAPAN』リリース。
  1992年
  『西新宿の親父の唄』(アルバム『JEEP』収録)が、『北の国から-'92巣立ち』の挿入歌となる。
  1993年
  9月22日、シングル『RUN』リリース。ミリオンセラーとなる。
  10月15日、主演したテレビドラマ『RUN』(TBS系列)が放映開始。
  11月1日、アルバム『Captain of the Ship』がリリースされるが、この頃楽曲の歌詞盗作疑惑が持ち上がる。詩人?相田みつをに関連したもの。
  1994年
  9月9日、『Captain of the Ship』ツアーをスタートさせるも、溶連菌感染症による体調不良により僅か3公演しか出来ず、残りの日程はすべて公演中止となった。
  9月23日、桑田佳祐がリリースしたアルバム『孤独の太陽』に収録された楽曲、『すべての歌に懺悔しな!!』の歌詞の内容を巡り、作詞、作曲した桑田と一触即発の関係に陥る。事の詳細に関してはすべての歌に懺悔しな!!による論争も参照。また、女優の国生さゆりとの不倫報道が大きく報じられる。
  12月1日、ベストアルバム『いつかの少年』リリース。
  1995年
  1月24日、大麻取締法違反で逮捕されるが、2月3日に処分保留のまま釈放。3月16日に起訴猶予処分となる。
  12月26日、自身3度目となる【東京ドーム】にてライブを行う。
  1996年
  1月1日、再起後の最初のアルバム『家族』リリース。東芝EMI所属として、最後になるオリジナルアルバムである。
  1997年
  1月24日、『とんぼ』の続編に当たるテレビドラマ『英二ふたたび』が放映。
  2月27日、フォーライフ?レコード(現在のフォーライフ?ミュージックエンタテインメント。略称FLME)移籍。
  7月2日、シングル『ひまわり』リリース。
  7月10日、主演したテレビドラマ『ボディーガード』(テレビ朝日系列)放映開始。
  9月3日、アルバム『ふざけんじゃねぇ』をリリース。
  1998年
  鹿児島県の演歌歌手、日高正人シングル『想い人』発売。日高の歌に感動した長渕が83年に書き下ろしていた曲で、日高の病気が原因で半分お蔵入りとなっていた曲。
  1999年
  5月1日、主演した映画『英二』が劇場公開開始。
  2000年
  8月12日、最愛の母?マス子が急性心不全により他界。享年72。
  2001年
  6月27日、8年ぶりのロサンジェルスレコーディングアルバム『空』リリース。金髪&肉体改造で新たな長渕スタイルが出来上がる。
  2002年
  5月9日、アフガン抗争に向けて発した反戦歌『静かなるアフガン』リリース。しかし事実上の放送禁止。NHKを始めとするテレビ局や各種メディアには採り上げられることが少なく、予想よりも話題にならず。それでも「指きりげんまん」以来のベスト20位入り。
  6月26日、自身の選曲によるベストアルバム『BEST~風~』、『BEST~空~』各2枚組リリース。
  2003年
  4月、ニッポン放送『オールナイトニッポンフライデー?長渕剛今夜もバリサン』放送開始。9月までパーソナリティを務める。
  5月1日、シングル『しあわせになろうよ』リリース。
  空手道団体の極真会館から分派した、新極真会の発足に際し、同会の会歌『新極真会の歌』(編曲は瀬尾一三と共同)を特別に製作する。因みに同年10月5日に東京体育館で開催された、「第8回全世界空手道選手権大会」の入場者にのみ、同歌のCDが配布されており、店頭販売はされていない。
  12月31日、13年ぶりにNHK紅白歌合戦に出場する。森進一に楽曲提供した『狼たちの遠吠え』では、歌う森のバックで長渕がコーラス&ギターセッションで参加し、話題になった。
  2004年
  4月28日、初のトリビュート?アルバム『Hey ANIKI!』がリリース。
  8月21日、鹿児島県の桜島特設ステージで、約7万5千人の観衆を集めてのオールナイトコンサートを敢行させ、大成功を収める。
  11月14日、ファンクラブ特別イベント「Thank You LIVE 2004」をスタート。
  12月1日、シングル『金色のライオン』リリース。京セラの携帯電話のテーマソングとなる。CM曲に長渕の曲が採用されたのは1988年の明治チョコバーBODY(『STAY DREAM』)、1990年頃のキリンラガービール(『乾杯』)等がある。
  2005年
  8月24日、東映『男たちの大和/YAMATO』の主題歌として書き下ろした『CLOSE YOUR EYES』リリース。自身の主演映画作品以外での主題歌使用はこれが初めて(テレビドラマでは以前に「逆流」「友よ」「指きりげんまん」等あり)。また、カップリングの『YAMATO』と合わせて、両A面シングルとなっている。両A面シングルは『順子/涙のセレナーデ』以来2度目である。
  2006年
  2月8日、東芝EMIより東芝所属時代のオリジナルアルバムが「24bitリマスタリングアルバムシリーズ」として再発売。
  2月21日、立正中学校?高等学校100周年記念ライブ。東京都品川区の立正中学校?高等学校の創立100周年記念式典で長渕が熱唱。バンドメンバーも勢揃いして、約2時間におよぶステージで全14曲を演奏。初めはあっけにとられてじっと見つめるだけだった生徒も、遠慮がちに座ったまま見ていた生徒達も、そして先生も、いつのまにかライブに引きこまれ、会場全体が熱気と感性で溢れかえった。会場には『俺達の兄貴、長渕剛』という巨大な旗も掲げられた。このライブ終了後、長渕は『若い純粋な反応がとても新鮮だった。彼等の真っ直ぐなエネルギーに負けないように俺も頑張らないとね』と笑顔を見せた。
  3月8日、東芝EMIより東芝所属時代のベスト&ライブアルバムが「24bitリマスタリングアルバムシリーズ」として再発売。
  3月19日、「桜島オールナイトコンサート」を記念したモニュメントが建立され、除幕式に参加。
  4月23日、作品にも度々登場し、長渕音楽の原点とも言える父?邦治(くにはる)さんが他界。享年77。
  6月29日、鹿児島中央駅アミュ広場でゲリラライブ。来場は約7000人程。ライブ状況はエフエム鹿児島『MUSIC POWER STATION feel the μzic DA!!』で生放送された。
  7月1日、霧島市で新極真空手新保道場開きにてライブ。
  7月2日、南日本放送ラジオの第二スタジオでスタジオライブ、観客は抽選で選ばれた約50人。司会はMBCタレントのスマイリー園田、ゲストミュージシャンはMC般若で公開生放送された。
  7月14日、『長渕剛3daysドキュメント』放映-南日本放送TV『Mixx』
  7月22日、7月2日公開放送で未放送のアンコール部分を南日本放送ラジオで特集して放送。
  8月30日、山本寛斎がプロデュースする『日本元気プロジェクト KANSAI SUPER SHOW「太陽の船」』のイベントテーマソング『太陽の船』を手がけることが発表され、同曲が公開された。
  10月9日、10月16日放送の『くりぃむナントカ』「第2回長渕ファン王決定戦」に出演。六本木のカラオケBOXにて、観客3人(上田晋也、ワッキー、大八木淳史)の前で2時間半12曲のライブを行う。あまりの迫力にくりぃむしちゅーの2人やワッキーはもちろん、もともとファンという程ではなかった大木優紀アナウンサーも感動して涙を流し、改めてその圧倒的な存在感を見せつけることとなった。バラエティ番組に出るのは『おしゃれカンケイ』以来のことだが、この出演は第1回「長渕ファン王決定戦」のスペシャルを再放送を観て心を動かされた本人からの「最後に(俺が)出たら面白いだろう」という要望によるもの。有田の似てないモノマネに爆笑するなど収録を楽しんでいた。この圧倒的なライブパフォーマンスは視聴者に強烈な印象を与え、翌週のオリコンランキングに、長渕のベストアルバムなど数作品が再浮上した。
  2007年
  5月4日、幕張メッセで行われた「どきどきフリーマーケット」のステージにゲスト出演し、「Come on Stand up!」をはじめ、自身の曲のライブを行った。その模様はBAY-FMを通じて公開されていたが、オンエア後もライブは継続され、フリーマーケット終了30分前まで続いた(これは、観覧していたファンの度重なるアンコールに答えた本人の力が大きい)。
  5月16日、4年ぶりのオリジナルアルバム「Come on Stand up!」リリース。全12曲新曲(桜島DVDに収録されていたものの未CD化だった「夕焼けの歌」を含む)、先行シングルなしという昨今の音楽業界の常識からすれば型破りなアルバムにも関わらず、オリコン初登場4位。
  6月6日~7月11日、自身初となる女性限定ライブ「Lady's Night2007-Acoustic-」ツアー。
  9月7日~12月9日まで自身2年ぶりとなるツアー「2007 ARENA TOUR ?Come on Stand up!?」ツアーが行われた。
  10月12日より放送開始の、TBS系列テレビドラマ「歌姫」の主題歌に、長渕による作詞作曲『青春 SEISYuN』が起用されることになった。歌を歌うのはTOKIOで、TOKIOにとっては中島みゆき、甲斐よしひろに続く大物アーティストによる楽曲提供となった。
  2008年
  5月14日、21日、過去に発表された楽曲の中からラブソングを中心にリマスタリング、セルフカバー、リミックスを施して選曲したベストアルバム「LOVE」、「SONGS」を発売予定。
  
  著書
  『俺らの旅はハイウェイ』(八曜社,1981年)ISBN 4827000573
  長渕剛、面谷誠二著 『君はギターの弦を切ったことがあるか』(八曜社,1984年)ISBN 4827000778
  『長渕剛詩集』(ヤマハ音楽振興会,1988年)ISBN 463616637X
  『前略、人間様。:長渕剛詩画集』(新潮社,2001年)ISBN 4101184313
  『情熱:長渕剛詩画集』(角川書店,2004年)ISBN 4048537660 


 

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