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植物学者の牧野富太郎は小学校を中退したあと、学校と名のつく所では学んでない。49歳で東京帝大の講師となり、77歳で退職するまで肩書は講師だった
植物学家牧野富太郎自小学中途退学之后,没有在任何称为学校的地方学习。他49岁时成为东京帝国大学的讲师,在77岁退休之前,头衔一直是讲师。
学識の世評は高くとも学歴のない老講師に、ひと恥かかせる魂胆だろう。野外観察の折、ひとりの学生が枯れ草の根を取り出し、牧野の前に黙って差し出した。名前を当てられるものなら当ててごらん
肯定是想让这位公认为学识渊博但没有学历的老讲师在大家面前蒙羞吧。一次野外观察时,一个学生拿出干枯的草根,默默地递给牧野。如果能猜出草的名字来,就请试试看。
学生たちが好奇の目で見つめるなか、牧野は草の根をそっと口に含むと、関東地方では見られない南方種のヒルガオの名を静かに告げた。特徴として、その根にはサツマイモに似た甘味のあることを言い添えた。渋谷章著「牧野富太郎」に記された挿話である
在学生们好奇的目光中,牧野轻轻地将草根含在口里,然后静静地告诉这个学生,这是关东地区没有的南方旋花类植物。他还补充道,这种植物的特征是有一种类似甘薯的甜味。这是涩谷章所著的《牧野富太郎》里记载的一段秩事。
生涯に50万点の標本を採集し、1000種の新種を発見した植物分類学の巨人が94歳で死去したのは1957年(昭和32年)の1月18日、きょうは没後50年の忌日にあたる
这位植物分类学巨人,一生中采集了50万件标本,发现了1000种新品种,94岁时去世,那一年是1957年(昭和32年)1月18日,今天正好是他逝世50周年的忌日。
「学者には学問があれば何も要らない」。冷遇と貧窮の時代にも、そう語っていたという。学者の誇りを捨てた「論文捏造(ねつぞう)教授」や、欲に良心を売り渡した「研究費流用教授」が世を騒がす昨今、折に触れて思い出される人である
“学者只要有学问,其他什么都不需要”。据说即使在受到冷遇和经受贫穷的年代,牧野也这么说。在这个最近被丢弃学者名誉的“伪造论文教授”和为满足私欲出卖良心的“挪用研究费教授”炒得沸沸扬扬的社会,偶尔让人想起牧野来。
たわむれに詠んだ都々逸が残っている。「草を褥(しとね)に木の根を枕 花を恋して五十年」。教育というのも煎(せん)じ詰めれば、ひと筋に恋する人をつくることかも知れない。
牧野留着一首写着玩的都都逸(以爱情为主题的戏曲)。“小草当垫来树根作枕,恋上花来已过五十年”。所谓教育,总的来说,也许是培育一心一意去爱的人吧。


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