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听日本汉诗吟唱有感(日本漢詩吟唱の雑感)

(2016-06-15 22:37:22)
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聊聊

铃木永山

日本吟唱

沙爱民

徐州朗诵协会

分类: 生活中的活动

 

听日本汉诗吟唱有感
沙爱民

近十多年来,中国大地上突然冒出一股“吟诵”热来,吟诵大师们穿着唐装,摇着纸扇,打着拍子唱起了自编的小调,很是热闹了一番。他们说,这些吟诵调子都是代代相传而来,过去中国人是不朗诵的,朗诵从西方传来,才不到百年。对于这种朗诵西方泊来之说我有不同看法,也写了几篇文章进行探讨。但是他们还说到了日本,说日本人倒把我们的传统吟唱继承下来了,现在还在唱等等,这又是怎么回事呢?

带着这些疑问,三年前,通过网络查阅了日本吟唱的资料,听了一些日本吟唱家的吟唱录音,并和日本吟唱家、朗诵家进行了交流,算是对日本的吟唱有了初步的了解。上月27日,感谢日本永山会的协助,让我有幸聆听了日本著名吟唱家铃木永山先生的吟唱课,在和会员们一起学习吟唱之后,还和永山先生分别用中日语朗诵、吟唱了杜甫的《春望》。回来后感想多多,想与大家分享一下。让我们先介绍一下日本的吟唱吧。

关于日本的吟唱 

首先说,日本人现在确实在唱“诗”,叫“诗吟”,历史上也有叫“吟咏”、“吟道”、“朗咏”的说法。从历史上看,日本的吟唱可以追溯到千年之前,如日本东京成德大学教授青柳隆志的研究:“十世纪后出现的“朗咏”是“诗吟”的先祖……”但真正日本人认可的“诗吟”鼻祖,是大正、昭和年间的木村岳風、山田積善等吟詠家,后来这些人被成为当今诗吟各流派之祖。我也特别通过网络,看到了木材岳风的照片,听了他的诗吟,确实和当今的日本吟唱一脉相传。

那么日本的“诗吟”是怎么个唱法呢?简言之,就是把母音拖长加曲调来唱。如:“春高楼兮花之宴”,这句日本“荒城之月”中的词,唱的时候,不是一拍一音的唱,而是要吟着唱,即把“春”的母音“ゥ”拖长,在这里加曲调来唱。 这样“吟”着唱,是“诗吟”和其他唱法最核心的不同之处。
在日本,诗吟并不是随心而发,说唱就唱的,而是一般要经过“诗吟三步曲”才算完成。首先要以古诗词为基础,如杜甫的“春望”,或是日本诗人、吟唱者自己按照古诗词的韵律,平仄,对仗等要求作的诗,这种诗叫做“白文”,是不能吟唱的。
第二步,就是把“白文”翻译成可以吟唱的本子,叫《書き下し文》,我们可以理解为“吟唱文本”。但是有了这个《書き下し文》还不够,因为它是按照类似于我们的文言文、古文的要求写的,所以还要把它翻译成现代日本语,好让观众明白。

感慨哪!做一个日本吟唱家,真不容易!

拜访日本永山吟唱会

托航空公司的福,今年徐州有了直达大阪的飞机。于是,五月27日,利用日本旅游的自由活动时间,拜访了永山会。

铃木永山会长是日本著名吟唱家、日本关西吟唱协会的副会长,当然也是永山吟唱会的会长。三年前,通过网络搜索到几位日本吟唱家的吟唱录音,永山会长的一曲《春望》让我听了很震撼。虽说日本的吟唱有许多流派,唱法上也各有讲究,比如吟唱唐诗、和歌时不用2(唻)、5(騷)这二个音,唱俳句时,不用1(哆)和4(发)。还有什么“二句三顿法”啦,怎样拿扇子啦等等许多规矩,但对于一个初识吟唱的外国人来说,一下子是很难听出其中的奥妙来的,象我们搞朗诵的,要听就听他的嗓子,“哇,太棒了!这才是日本吟唱的实力派!”于是就有了这次的专访。

感谢永山会长特意为我加开了一堂吟唱教学课。来到会场时,会员们正在练习,简单地寒暄后,便跟着会员们一起学习了几首汉诗的吟唱。端坐在永山先生身旁,手捧着送我的吟唱诗集,跟着大家一字一句地学着,感觉一下子进入了状况。看来无论学什么,非要身临其境才学得快。永山会长确实是个实力派,音色优美而嘹亮,底气十足,特别是上高音时,一点儿不费劲,吟出的颤音,特有穿透力和感染力。吟唱课上完后,我和永山会长分别用中日文诵唱了二首古诗词,其中一首就是让我们结缘的《春望》,虽然很仓促,但我还是觉得挺过瘾。现场聆听永山会长的吟唱,再请日本朋友们感受一下这首诗的汉语朗诵,这不正是文化交流的所在吗,也正是有了这次的文化交流,也使我的日本之行划上了圆满的句号。

 

顺便提一下的是,永山会长对人很谦和,言谈举止很有大家风范。听说他已八十多岁了,但看起来比实际年龄年轻多了。一米八几的个子,不要说在日本,就是在中国,年轻时也绝对是个帅哥。他的两个女儿也参加了教学课,都是高高的个儿,标准的日本美女。据说,她们也多次参加日本全国的吟唱比赛,都获得了好成绩。最后,还要感谢在场的所有会员们,他们放弃了休息时间,特地为我上了一堂吟唱课。在场的会员们大多已经退休,但个个精神饱满,他们似乎在用自身的行动向人们昭示:“来吧,大家都来吟唱吧,因为,这是一门赋于我们身心营养的艺术”!

日本吟唱听后感

一、“汉诗吟唱”是日本人自己的固有的传统艺术,这一点我们国人一定要明白。不要以为人家也在吟唱唐诗,那就一定是从中国传过去的。虽然我们中国人过去也在唱, “白头两遗编,吟唱心自足。”但归根结底,日本的吟唱和中国的吟唱完成是两回事。这是因为日语属“粘着语”,其声调为高低型,不像我们汉语是“孤立语”有四声;象我们的五言绝句读起来就二十个字音,但用日语唱,可能就是三四十个字音了。所以我们欣赏日语朗读或吟唱时,不要说:“怎么听不到那种平仄、对仗带来的抑扬顿挫的节奏美呀?那种韵律美在哪里呀?”因为,日本的吟唱是用日语唱的,不是汉语。正因为如此,总想有机会让日本人听听中文朗诵的汉诗,然后再听听他们自己的吟唱,这样对比着欣赏,或许会感觉自己的语言更美、更亲切,但同时也会对汉语诗歌的韵律美、节奏美有所了解,至少会知道:“哦,原来汉诗读起来是这样的呀”。

二、前面说到,由于日语是高低型的声调,所以唐诗宋词读起来显然没有唱更具有欣赏性和感染力。所以在日本,吟唱一直很盛行,很多城市都有汉诗吟唱组织。据说关西吟唱文化协会,就有一万八千多名会员。与日本相反,在中国却是朗诵活动非常活跃,很多的省市成立的也都是朗诵协会。从历史上看,我们中国人早在三千年前就开始朗诵了,李白、陆游他们也曾是朗诵高手,哪来的朗诵是从西方传来之说呢?正如曾国藩据说的那样:只有“通过朗诵,才能使文唤醒、复苏从而呈现出文的声音世界来”,历史和实践都证明,只有朗诵才是我们学习知识,传承文化的重要手段。

三、我们不否认,中国人过去是在唱“诗”,问题是现在冒出来的所谓“吟诵”,不诵而唱,唱而不吟,显然是当代人的创举。我认为,现在有些人的所谓“吟诵”,应该叫“吟唱”,因为你唱起来了。实际上“吟诵”只是我们朗诵的一种独特方式,因为“诵”属于语言艺术,格律诗的押韵、平仄等具有的节奏美、音律美只能通过朗诵来体现,而“唱”属于音乐,只能体现出诗歌的旋律美和声音美。还有,既然叫“吟唱”,就要把“吟”的特性展示出来,不能打着拍子唱,要吟起来,不然的话,和当前的流行歌曲有什么区别?

 

最后衷心希望铃木永山会长能率日本吟唱团来徐州,让我们了解一下真正的日本汉诗吟唱,也希望能再去日本,不光是朗诵,还要把徐州的书法、香道、古琴、诗词等介绍给日本国人,为中日文化交流贡献一份力量。

 听日本汉诗吟唱有感(日本漢詩吟唱の雑感)

日本关西吟唱文化协会副会长、永山会会长、著名吟唱家铃木永山先生在上吟唱课
听日本汉诗吟唱有感(日本漢詩吟唱の雑感)
永山会的会员们
听日本汉诗吟唱有感(日本漢詩吟唱の雑感)
听日本汉诗吟唱有感(日本漢詩吟唱の雑感)
永山会的会员们
听日本汉诗吟唱有感(日本漢詩吟唱の雑感)
永山会长在吟唱杜甫的《春望》
听日本汉诗吟唱有感(日本漢詩吟唱の雑感)
本人用汉语朗诵杜甫的《春望》


听日本汉诗吟唱有感(日本漢詩吟唱の雑感)
与永山会长合影
听日本汉诗吟唱有感(日本漢詩吟唱の雑感)
永山会的会员们
听日本汉诗吟唱有感(日本漢詩吟唱の雑感)
日本东大寺留影

 

 

日本漢詩吟唱の雑感
沙愛民

ここ十年近くに来て、中国には突然 “吟誦”ブームが一頻り現れた。これらの吟誦師が唐装漢服着で白扇を振り、手拍子をとりながら自作した曲調を賑やかに歌っていた。今歌ったのが皆代々伝わってきた曲で、朗誦と言えば、昔中国にはなくて、ただ百年ほど前に西方から伝わってきたものだと彼らはそう言ったのである。そういう朗誦西方伝来説に私は賛成できない、そして、いくつかの文章を書いて自分の見方を発表した。しかし我々の伝統的な吟唱は中国では途絶えたが、日本では却って盛んに行っていると、彼らは日本の吟唱に言及したこともある。これはいったいどういうことか。
これらの疑問をもって、三年前にインターネットを通じて日本吟唱の資料を調べて、幾人かの日本吟者の録音を聴いて、また日本の吟詠家、朗読家との文通をしたことで、何とか日本の吟唱に初歩的に知ったのだ。先月27日、日本永山会にご協力いただいて、日本で有名な鈴木永山先生の詩吟を拝聴する光栄に恵まれました。会員たちと一緒に吟唱を勉強してから、永山先生とそれぞれ中日両国の言語で漢詩を朗誦、吟唱した。今は日本旅の感想を皆さんに分かち合いたいと思うから、まず日本の吟唱の紹介から始めよう。

日本の吟唱について

本では今確かに詩を歌っているが、“詩吟”という、歴史的にも吟詠、吟道、朗吟という言い方もある。歴史的に見れば、その詩吟は千年前にさかのぼる。日本東京成徳大学教授の青柳隆志先生の研究によると、10世紀以降に現れた朗詠は詩吟の祖で、中国の文選に由来する朗詠という単語を平安時代の貴族、詩人の原道原道よりまず使うということが分かる。しかし大正から昭和初期にかけては、木村岳風、山田積善といった吟詠家が活躍し、現在の諸流派の祖となったことが日本吟唱界に認められている。木村岳風記念館のホームページをブラウズしたり、その吟唱を拝聴したりした。確かに脈々と受け継がれた吟だなとそう思った。

日本では、詩吟は歌いたい放題に歌うという簡単な事ではなくて、一般的に「詩吟三歩曲」を作らないとならない複雑な工程だ。まず、直接に歌えない白文を作ること、つまりたとえば杜甫の“春望”あるいは日本人自分で古詩と詞のリズムに従って、平仄、対句などの要求によって作った定型詩(白文)を見本とするのが第一歩、それから、この白文を文語文法や語順などによる書き下し文に翻訳するのが第二歩、この書き下し文によれば吟唱できるが、それだけでは足りない、また聞き手が分かりやすいように現代日本語に翻訳する最後の仕事をしなければならない。次は杜甫の“春望”を例に説明しよう。

日本では、詩吟は歌いたい放題に歌うという簡単な事ではなくて、一般的に「詩吟三歩曲」を作らないとならない複雑な工程だ。まず、直接に歌えない白文を作ること、つまりたとえば杜甫の“春望”あるいは日本人自分で古詩と詞のリズムに従って、平仄、対句などの要求によって作った定型詩(白文)を見本とするのが第一歩、それから、この白文を文語文法や語順などによる書き下し文に翻訳するのが第二歩、この書き下し文によれば吟唱できるが、それだけでは足りない、また聞き手が分かりやすいように現代日本語に翻訳する最後の仕事をしなければならない。次は杜甫の“春望”を例に説明しよう。

一、《白文》

春望

作者:杜甫

国破山河在城春草木深感時花濺涙  恨別鳥驚心
烽火連三月家書抵萬金白頭掻更短  渾欲不勝簪  

二、《書き下し文》(括号里的假名即吟唱的内容)

春望  (しゅんぼう)杜甫 (とほ)

国破れて山河在り(くにやぶれて さんがあり)
城春にして草木深し(しろはるにして そうもくふかし)
時に感じては花にも涙を濺ぎ(ときにかんじては はなにもなみだをそそぎ)
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす(わかれをうらんでは とりにもこころをおどろかす)
烽火三月に連なり(ほうか さんげつつらなり)
家書萬金に抵る(かしょ ばんきんにあたる)
白頭掻かけば更に短く(はくとうかけば さらにみじかく)
渾べて簪に勝えざらんと欲す(すべて しんにたえざらんとほっす)

三、《現代語訳》

国都長安のまちはすっかり破壊され、あとには、昔ながらの山河が残った。城に春が来て草木は深くしげっている。この時勢を思うと花を見ても涙が流れ、別れを悲しんでは、鳥にも心が痛む。戦いは、三箇月続き、家族からの手紙は万金に値するほど貴重だ。白髪はかけばかくほど短くなり、冠をとめるピンがさせなくなりそうだ。

どうやら、日本の吟唱家になるのは大変なことだなと思って、感慨無量だった。

永山会へのお訪ね

おかげさまで、今年から徐州、大阪間の直航便の開設にしだがって、日本の観光もとても便利になった。すると五月27日、旅行の自由活動時間を利用して永山会をお訪ねした。

鈴木永山先生は日本で有名な吟唱家で、日本関西詩吟文化協会副会長もちろん永山会の会長である。三年前、何人かの日本の吟唱家の録音をネットで検索したが、永山会長の“春望”その一曲を聞くと深い感動で一杯になった。日本の詩吟は多くの流派があると言っても、歌い方にもそれぞれ違うところもあるが、たとえ漢詩と和歌を吟するとき、ふつう2(レ)、5(ソ)を使わず、俳句の場合は1(ド)、4(ファ)を使わないほかに、二句三節とかどのように扇を持つとかいろいろワンポイントがあるけど、はじめて吟詠を聞いたわれわれ外国人にとって咄嗟にその奥妙さが聞き苦しいだ。聞けばまず喉だ。わあ、素晴らしい声!これこそ日本の吟唱の実力派じゃないかとそう思った、すると今回の初対面があったのだ。

永山会長にわざわざ私のために吟唱授業をしていただいた。会場に来る時、会員たちは練習しているところだった、簡単な挨拶後、会員たちと一緒に漢詩の吟唱を何曲か勉強した。永山先生の傍に座って、いただいた吟唱詩集を手にしながら皆さんと一緒に一言一句にも心をこめて勉強していると、すぐに状況に入ったような気がした。吟唱か何かを問わぬ、勉強すればやはりその場に入れば進歩が速いと思った。永山先生がもう八十歳あまりになったそうだが、息満々で音色が優美でよく通り、特に高音のところに来たら、少しも力しないで吟ずるように思われる。一番印象的なのはビブラート、ずっとその美しさに感動、魅了されていた。授業が終わった後、私と永山先生はそれぞれ中日両国の言語で漢詩を二首朗誦、吟唱した。その一つは私に詩吟を知らせ始めた《春望》だった、そこそこの共演だが、とても満足したと思う。現場で永山先生の吟唱を拝聴して、日本の皆様にこの漢詩の中国語の朗誦を聞いていただくことは文化交流の所在ではないか。今度の交流があればこそ、わたしの日本旅も円満な成果を取得させたのだ。 

ついでに言うのは永山先生の二人の娘さんも勉強においでになった。二人とも背の高い日本美人だが、何回も日本全国の吟唱コンテストに参加してよい成績をとったそうだ。またその場のすべての会員達にお忙しいところわざわざご出席していただき、厚くお礼申し上げる。会員の多くはすでに定年になったが、みんな元気旺盛で勉強していた。彼らは自分の行動で「さあ、みんなで一緒に吟唱しましょう、なぜなら、これは人の心、精神に栄養を与える芸道だから!」と人々に語っているようだ。

詩吟の雑感

詩吟が日本固有的な伝統芸術だという点をわれわれ中国人には知らなければならないことだと思う。日本人も唐詩を歌っていることを見たら、それは中国から伝わってきたじゃないかとそう思う人もあるだろう、それは間違う。中国の古人らも確か吟唱した、たとえば「白頭は編んで両方に残され、吟唱より心が自足する」といった詩句があるが、結局、両国の吟唱は全く違う芸術だと思う。これは日本語が粘着語に属し、高低型のアクセントなのに対して、中国語は四声ある11音という孤立語だから。例え中国の五言絶句はただ二十個の字音だが、日本語で歌えば3040の字音になるかもしれない。だからわれわれ中国人は日本の吟唱を楽しむとき、どうして平仄、対句による抑揚のリズムが聞こえないか、また漢詩の韻律美がどこにあるかなどと言わないでほしい。それは日本の吟唱は中国語でなく、日本語で歌ったのだから。だからこそ日本人にも中国語で朗誦した漢詩を聞かせるチャンスがあったらと時にそう思った。詩吟を対比して楽しんでいると、あっ、やはり自分の言葉がもっと美しいと感じたかもしれないが、と当時に、漢語の韻律美、リズムなどを実感し、中国語の漢詩朗誦への初歩的な印象が残されることができると思っている。

前に言ったように日本語は中国語のように四声がなくて、高低型のアクセントのゆえに、朗読よりも歌いの方がもっと鑑賞性があるんじゃないかと思う。だから、日本では詩吟の活動がとても盛んに行い、ほとんどどの町にも詩吟会があり、関西詩吟文化協会だけでは会員が1.8万に達したと聞いている。日本とは反対に、中国では朗誦活動の方が盛んで、多くの省、市が朗誦協会を開設している。歴史に見れば、中国人はもう三千年前から朗誦してきた。李白とか陸遊とかみんな朗誦の達者だったという記事もはっきりと書いてあるが、西洋から伝来したことのあるものか。朗誦でこそ、文を呼び覚まし、蘇り、これによって文その音世界が出てくると 曾国藩が言った通り、朗誦こそ文化知識を勉強し、中国伝統文化を伝承するもっと効果的な手段だと認められている。

否定できないのは中国人はむかし確かに詩を歌ったことがあるとはいうものの、問題は今出てきたいわゆる吟誦ということ、誦すると言いながら歌いだし、歌いとはいえ吟をしないで、明らかに現代人の試みだ。今出てきたいわゆる吟誦は吟唱というべきだと思う、なぜかいうと、歌っているじゃないか。実際、吟誦はただ朗誦の一種の独特な方式だけであると考えている。朗誦は言語の芸道のゆえに、それによってこそ漢詩の押韻?平仄がもたらすリズム、音韻効果などが出てくるもんだ。もう一方では吟唱というからにはと吟の特性を見せることが必要で、さもなくば今の流行歌とは何か違いがあるかと考えている。

最後には鈴木永山会長が日本吟唱団を率いて徐州へおいでになり、われわれにすばらしい吟唱を聞かせるように心から願って、また日本へ行って、朗誦ばかりでなく、徐州の書道、香道、琴など徐州の文化を紹介させていただいて、中日文化交流のためにわずかの力に貢献しょうと思う。

 

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